BGMが持つ力

講師の中村です。
今回は、過去記事『人間の行動は音楽に誘導されている』の続きを書いてみようと思います。前回はBGMのチョイスでお店の売上が変わったことや、流す音楽の激しさが味覚にも変化を及ぼすこと、また勉強中は音楽を聴かない方が効率がいいことや、環境に合わせたBGMを作るクリエイターがいることついて書きました。

今回の記事の内容は部分的に重複するところもありますが、もう少し俯瞰で音学をみていきたいと思います。

実はこの「BGMと行動学についての考察」は、僕の大学時代の卒業制作のテーマでした。人の印象の残る演奏と印象に残らないBGM用音源は決定的に何が違うのか?BGMの存在意義とは何か?それらをより効果的に利用することは可能か?という論文を添えて、自作の音源を提出しました。我ながらなかなか面白いやり方だと思ったのですが、先生たちからは酷評されてしまいかなりギリギリの卒業でした。

その時に添えた論文の中から、面白そうなトピックを抜粋して書き直したのが、前回と今回の記事になります。

目次

    仕事中の音楽の是非

    「勉強中に音楽を聴かないほうがいい」というのは以前の記事でも書きましたが、これは言い換えると、知的活動中に音楽鑑賞は向かないということです。要するに勉強だけでなく仕事中にも同じことが言えます。

    俗にいうナレッジ・ワーカー (専門的な資格を必要とする仕事)以外にも、数字を扱う仕事や文章を作ったりする作業、またはドライバーや接客など、その場での判断や柔軟性が問われる仕事をする上で好きな音楽を聴きながら取り組むと、効率がかえって悪くなると考えられています。脳が一度に処理する量には限りがあるからです。

    音楽を聴くことが脳内のどこでどのように処理されているかは現在でもハッキリとは分かっていないそうなのですが、言葉や感覚のように特定の回路で処理をするのとは違って、音楽を聴くと脳内のほとんどの部位が活性化されます。これはドラッグや性行為をした時と同じだと言われています。音楽鑑賞時においては知的な作業をする余地はほとんどなく、注意力を欠いてしまい結果的に非効率になってしまうのです。

    ただ、好きな音楽を聴くことで脳が一時的に活発 (≒覚醒状態)になることは間違いないので、複雑な業務を効率化したい時は作業中に聴くのではなく、事前に自分の好きな音楽を聴いておいて、覚醒状態になってから取りかかると一層効果的だと思われます。

    脳が覚醒しても、気分が乗らないと効率化は期待できません。参考になるか分かりませんが、テンポが早くてピッチの高い曲は脳の覚醒度も気分も両方上げるのにいいと考えられています。…例えば、AEROSMITH(エアロスミス)とか…?

    Mr.BIG (ミスター・ビッグ)もいいかも。

    もしくはImpellitteri (インペリテリ)?ちょっとやりすぎか。

    まぁ、結局のところ好きな音楽じゃなかったら何もアガらないッていうのがベースだと思うんで、無理して好きでもない音楽聴かんでよろしと思います。

    マスキング効果、マニロー効果…BGMの役割とは何か?

    音楽には周りの雑音を消す、マスキング効果というものがあります。飲食店でBGMがかかっている理由はだいたいがこれです。隣の席が近くても、他人の会話に気が散らないようになります。 BGMは単にオーナーや店主の好みでかけている場合もあれば、トレンド曲を扱ったUSEN放送を使う場合もあります。どのような音楽を流すかというのもポイントで、ターゲットやコンセプトに合わせて音楽を変えるのが相場です。例えば“アメリカ”がコンセプトのお店でK-POPを流すことはありませんし、オシャレなバーでコミックソングを聴くことは一般的にはないですね。 稀に、お店の外に小さなスピーカーを置いて、店内と同じ音楽を流している飲食店を見かけることがありますが、こーゆうのは入る前から雰囲気が伝わってきて、入店誘導に効果的だと言われています。立地の悪かったり、入り口が分かりづらいお店ではこれをやっているケースが多いような気がします。
    あえて”ダサい”音楽を流す場合もあります。例えばホームセンターでは流行曲をフュージョン風にアレンジしたBGMを流しているケースが多いのですが、これがまた絶妙にダサいというか、少なくとも心地よさや「もっと聴きたい」感はありません。これ、実はマニロー効果といって”若者にたむろさせないため”にわざとやっています。 2000年代にオーストラリアのあるお店がBarry Manilow (バリー・マニロー)の音楽をかけたところ、それまでたむろしていた若者たちがいなくなった、というところに由来しています。流行りの音楽にしか興味のない若者に対しては実際に効果覿面だったとまぁ、Barry Manilowからすれば非常に不名誉なお話ですよ。(僕は好きですけどね。) ”Copacabana (コパカバーナ)”はよくアメリカのドラマでもネタにされますが、楽しい曲ですよ。
    もし自分が飲食店の経営者なら、若者の長時間利用は確かにやや不快かも。どうせお金持ってないしうるさいし他のお客さんに迷惑かけそうだし。藁にもすがる思いでBarry Manilow……いや、Barry Manilowに相当する日本のミュージシャンの作品を再生するでしょう。(それが誰なのかは分かりませんが。) ダサい音楽は、若者撃退効果以外にも商品をチープに見せることで「買っちゃおうかな」と購買意欲を駆り立てる意味合いもあるみたいです。スーパーや薬局でもテーマソングみたいなものが多用されていますが、まぁ、あれもなんというか雰囲気もクソもない曲調であることが多いです。 噂によれば、そういった”思いきったBGM”を意図的に作るクリエイターがいて、それ専用のUSENチャンネルも存在しているとか

    映画音楽

    映画の中にも多くの”音”が含まれています。 過去記事『知られざる”効果音職人”という仕事』の中にもあるように、効果音のほとんどは後付けされるものです。観ている時には気にも留めませんし、それらの音やBGMは記憶に残らないものです。 (記憶に残るほど主張の強いものはかえってよくない。) ですが音楽1つで鑑賞者に全く異なる印象を与えます。 ある実験でAlfred Hitchcock (アルフレッド・ヒッチコック)の映画『めまい』のワンシーン (セリフのないシーン)を、①緊張感のある音楽、②高揚感のある音楽、③音楽なしで3つのグループに鑑賞させると、それぞれ全く違う印象を持ったという結果が出ました。劇中の音楽は、そのシーンがどのような意味を持っているか、シーンがこの後どのような意味をもたらすかなど、ストーリーを裏打ちする役割があります。 映画が無音だった時代でさえも、映画館は演奏家を雇って生演奏をしながら上映していたり、立派な映画館ならオーケストラを用意することもあったそうです。なので音楽はストーリーを解釈する上で重要な役割を担っているワケです。 話は少し変わりますが、古い映画やアメコミによくある「キャラクターの動きに音楽を合わせる」技法は、被写体の感情と非常によくリンクした表現方法だと思います。ディズニーがこれを多用していたことから、この技法をミッキー・マウシングと呼ぶそうです。僕の大好きな『トムとジェリー』も基本的にはミッキー・マウシングの連続でした。
    現在ではここまで露骨なものは少ないですが、物語のチャプターを切り替えるために音楽のジャンルを変えたり、車のエンジンを切るのと同時に音楽が止まったり、セリフとBGMが交互に切り替わったりなど、軽度にシンクロさせることは頻繁にあります。

    知れば知るほど分からなくなるBGM

    これまで書いたような音楽のあらゆる効果や脳への働きかけについて説明がついたのは、科学が発達した19世紀に入ってからのことではありますが、テレビも車もない古代文明の頃から人類は、出産の痛みを和らげるために音楽を演奏したり、アイデンティティを統合するために軍歌をうたってきました。『旧約聖書』にも竪琴の名手が精神病の王様を演奏の力で治した描写があったり、古代ギリシャの劇場で音楽を演奏しながら舞台を披露していたことが分かっています。要するに、音楽の使い方に関しては現代とあまり大差なかったのです。(再生方法を除けば。)

    つまり音楽は、音楽のために在るのではなく、人類の活動のすぐそばにいた、と考えることができると思います。僕はどのお店に行っても流れている音楽に耳を傾けるし、パソコンの起動音から電車のドアが閉まる前に流れる短い音楽、ラジオDJが話す後ろで流れるBGMまで全てに意味があると思っています。あるいはCMソングを口づさんで楽しんでいる人に対して「あぁ、うまく刷り込まれはったんやな」と思うことがありますが、その時、音楽の力の大きさを感じざるを得ません。

    僕はアートをそんな風に見ています。


    Midville’s
    中村