考える音楽講師レゲエは宗教?ラスタカラーに秘められた意味とは

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レゲエは宗教?ラスタカラーに秘められた意味とは

講師の中村です。
そろそろ夏本番です。夏といえばレゲエ。今回のテーマは、レゲエの象徴として使われる「ラスタカラー」「ラスタファリアニズム」についてまとめてみようと思います。 

人種問題や宗教、戦争が絡んだ歴史の話なので、皆さんが退屈しないように頑張ります。まぁ、レゲエでも聴きながら読んでください。

Bob Marley & The Wailers (ボブ・マーリー・アンド・ザ・ウェイラーズ) / 『Is This Love (イズ・ディス・ラヴ)』

ラスタカラーとは何か

緑、黄、赤の順で配色されたものを汎アフリカ色と言うのですが、これが後にラスタカラーと呼ばれます。レゲエのフェスに行くと、そのカラーの洋服を着たり、タオルを持っている人がたくさんいますね。

なぜその色?

アフリカ大陸の国々の国旗は基本的に汎アフリカ色 (ラスタカラー)をベースにしているもの (🇬🇭🇬🇳🇨🇲🇨🇬🇿🇼🇸🇳)が非常に多いです。おおよそ半分がこのカラーを採用しています。緑は自然、黄色は富、赤は血を意味しているとか。

アフリカに限らず、国旗に使う色には実はちゃんと意味があって、アジアでは赤色+星は社会主義国家を意味しているし (🇰🇵🇨🇳🇻🇳)、イスラム教国家は緑色ベースもしくは月や星の模様が入ってることが多い (🇸🇦🇹🇷🇵🇰🇩🇿🇧🇩🇲🇾)、中南米の国は海を表す青色が多かったり (🇦🇷🇵🇦🇺🇾🇬🇹🇨🇺)…旗章学は結構面白いです。

ちなみにアフリカでラスタカラーが多いのは、エチオピアの影響が強いそうです。下は18世紀頃のエチオピアの国旗。

誇り高きエチオピア

引き続き、レゲエをBGMにしながら読んでください。

Dennis Brown (デニス・ブラウン) / 『Here I Come (ヒア・アイ・カム)』

エチオピア🇪🇹はアフリカ東部に位置する大きな国です。面積はなんと日本の3倍もあります。

エチオピアに滞在したことのある人の記事を読むと、みんな「エチオピア人はプライドが高い」「自分たちをアフリカ人と思っていない」「世界最古の民族だから選民思想的」などと、ちょっと気難しそうな国民性だと言います。

まぁ、正直、ここ最近日本ではあまりいいニュースを聞かない印象の国ですが…実はアフリカ内で唯一、一度も植民地化されたことのない国としても有名で、エチオピア帝国は世界屈指の歴史をもっています。(1270 – 1973)

時にみなさん、20世紀の帝国主義時代 (太平洋戦争の頃)において、有色人種が西欧列強の侵略に打ち勝った例は非常に稀でして、どれか1つでもご存じでしょうか。そうです、ご存知、日露戦争。もう1つは、アメリカを撃退したベトナム戦争。それと、エチオピアがイタリア王国に勝利したアドワの戦いです。

アドワの戦いで勝利したことで、イタリア王国と条約を結びます (戦争と条約はだいたいセットですね)。エチオピア帝国はその条約の中で「エチオピア帝国が独立国家である」と認めさせました。これは何百年もの間、ヨーロッパから虐げられてきたアフリカ系国家の中では歴史的快挙と言える出来事です。しかも日露戦争よりも前の1896年のお話。

この時点で少なくともエチオピアはアフリカの希望的存在だったそうです。

さてこの後、1930年代にHaile Selassie I (ハイレ・セラシエ1世)というエチオピア皇帝が戴冠します。まぁ賛否はありますが結構カリスマ性のあったやり手の指導者で、有能だったんじゃないかと言われています。ところが1935年、イタリア王国が先のアドワの戦いの報復をしにやってきます。この戦いでエチオピア帝国は敗北し、併合されてしまいHaile Selassie Iは一旦退任してイギリスに亡命…。エチオピアは負けてしまいましたが、国家としての価値を失わず、植民地化でもなく、あくまでもイタリアと似た立場で扱われた比較的マシな併合だったそうです。

Haile Selassie Iはイギリスに亡命しても尚エチオピアでの人気が高く、1941年に世界大戦のドサクサでイタリア王国が失速し始めたタイミングで、Haile Selassie Iはエチオピア帝国に戻ってきて、再び政権を握ることになります。

世界大戦後も絶対君主としてエチオピア皇帝に即位し続け、憲法制定、議会・司法制度の導入、奴隷制廃止、教育の普及などに尽力し、周辺のアフリカ諸国と連携をとるなど (現在のアフリカ連合)、国やアフリカの発展に貢献しました。が、1973年に起きた飢饉が理由でクーデターが起き、Haile Selassie Iは暗殺され、そのまま帝政制度もなくなり、エチオピア帝国改めエチオピア連邦民主共和国 (通称エチオピア)として生まれ変わりました。

つまりHaile Selassie Iは、エチオピア帝国のラスト・エンペラーだったのです。

Haile Selassie Iを崇拝する「ラスタファリアン」の登場

BGMが切れましたか。では次の曲はこちらです。

 Culture (カルチャー) / 『Addis Ababa (アディス・アベバ)』

 

さて、少し時間を巻き戻してお話ししますが、1930年頃にHaile Selassie Iが皇帝に即位することを、予言していた人物がジャマイカにいました。その男はMarcus Garvey (マーカス・ガーヴェイ: 下の写真の人)というかなり影響力の高いアフリカ系民族主義者で、20ジャマイカドル札にも載った人です。彼はHaile Selassie Iが戴冠すれば (皇帝になれば)、アフリカが解放される日は近い!」と主張しました。(実際には複数の人の名前を挙げていたんだけどね。) 数年後、実際にHaile Selassie Iが皇帝として即位すると、Haile Selassie Iひいてはエチオピアの地を崇拝する人たちがジャマイカに大量発生します。

Haile Selassie Iこそ、アフリカ系民族の英雄である。聖書に出てくる唯一神ヤハウェ (略してJah)の化身である。そう考えられていました。

なぜジャマイカ人が英雄を求めていたのか。それは当時のジャマイカが200年以上続く宗主国イギリスからの厳しい弾圧を受けていたからです。幾度となく抵抗を繰り返し、遂には現地政府さえもお手上げ状態に。反発を抑えるためにイギリスがしたことは、”王直轄の植民地”にすることでした。これは栄誉でもなんでもなく、つまるところより酷い植民地状態にしてやろうということ。

普通に生活することもままならないジャマイカ人たちの中に芽生えたのは「俺たちはバビロン (権力、お金にまみれた西洋文化)を抜け出して、いつかザイオン (故郷アフリカ)へ帰ってやるんだ!」という強い意識と結束力。この宗教にもよく似た思想は特に労働者階級に支持されました。そしてその支持者たちのことをラスタファリアンと呼びました (ラスタマンとも言います)。

 

なぜ"ラスタファリアン"と呼ばれたのか

ラスタファリアンの語源について少し触れておきます。

この名前は実はHaile Selassie Iの出生名からきていて、彼は皇帝に即位する前の名前がTäfäri Mäkonnän (タファリ・マコンネン)でした。またエチオピアでは王族の出身者には名前の頭にRas (ラス)という称号をつけるらしく、したがってフルネームをRas Täfäri Mäkonnän (ラス・タファリ・マコンネン)と言います。その名前が由来です。その最初の部分だけ切り取って「ラスタファリ」、それを支持者を「ラスタファリアン」と呼んだのです。

このジャマイカで起きた一連の思想運動を「ラスタファリアニズム (ラスタファリ運動)」と言います。

ラスタファリアンの生活

ラスタファリアンはジャマイカで急激に増えました。ただ、ジャマイカ人はイギリスに対して過激な抵抗をしていたせいで”王直轄”となってしまった痛い過去があるため、ラスタファリアンの多くは山奥に逃げて生活することでイギリスからの弾圧を逃れていました。山には肉や魚が少なかったため、彼らはフルーツと野菜のみで生活しています (いわゆる菜食主義者)。また、”ありのまま”が美しいという価値観を持っているため、髭や髪が伸びても切ることはありません。刃物を体に当てることすらも否定的なのです。伸びた髪を編み込んでドレッド・ヘアーにしたり、ラスタカラーのタムキャップをかぶって髪をまとめたりしています。

Bob Marley (ボブ・マーリー)Burning Spear (バーニング・スピア)Dennis Brown (デニス・ブラウン)などのレゲエを開拓したアーティストももちろんラスタファリアニズムの支持者でした。

ラスタファリアンとレゲエ

そんなジャマイカは、1950年代にようやく再び自治政権を認めてもらうことができ、そして1962年にイギリスから独立を果たします。実に300年続いた植民地から解放されたのです。

当時のジャマイカにはスカやロックステディなど、カリブ海地域特有のポピュラー音楽が流行していました。最初のレゲエ作品は1968年と言われています。

レゲエの音楽的特徴はスカやロックステディとよく似ています。基本的にスカもロックステディもレゲエも陽気な雰囲気です。参考になるかわかりませんが、スカとロックステディとレゲエを順番に比較してみましょう。

ちなみにスカはこんな感じ。

The Skatalites (ザ・スカタライツ) / 『I Love You (アイ・ラブ・ユー)』

 

次はロックステディ。こんな感じです。

Alton Ellis (アルトン・エリス) / 『Rocksteady (ロックステディ)』

 

最後にレゲエを聴いてみましょう。

Burning Spear (バーニング・スピア) / 『Marcus Garvey (マーカス・ガーヴェイ)』

 

スカからに比べるとラッパの音が少ない気がしますが、基本的なリズムの取り方はほとんど同じですね。まぁ、音楽の変遷なんてそんなもんです。

 

ただレゲエが他のジャンルと明かに異なるのは歌詞の内容。ジャマイカが独立を果たしたことで、言いたいことが言えるようになったことに影響して、そこにますます盛んになってきつつあったラスタファリアニズムの精神が入ってきます。神様のこと、愛する人のことだけでなく、「バビロン (西洋文化)は悪である」ことやアフリカ系民族としてのアイデンティティの主張など、社会問題までテーマとしました。

1970年代に入ってBob MarleyBurning Spearなどのレジェンドが登場し、他の国でも認知が広まります。やっぱり歌の内容は「バビロンは悪」といったような感じですね。

最近のレゲエ

1980年代頃からレゲエはダンスをするための音楽 (=ダンスホール・レゲエ)へとシフトしていきます。そしてそれらに影響を受けたサブジャンルが周辺国で登場します。即興重視のラバダブ🇺🇸や、よりスパニッシュなサウンドを濃くしたダンス音楽レゲトン🇵🇷、トリニダード・トバゴ風にアレンジされたソカ🇹🇹が成立。

僕が思春期になった頃は、レゲトンやソカが流行っていましたが、みんなそれらを一括りにレゲエと呼んでいました。

こういった新しいスタイルと区別するため、生バンドで演奏される古式ゆかしいレゲエを”ルーツロック・レゲエ“や”ルーツ・レゲエ”などと言います。単に”ルーツ”と呼ぶ人もいます。最近ではバビロンだザイオンだという人は減ってる気がしますが、やっぱりレゲエ・アーティストはどの国でも何か社会問題をテーマにして曲を書きがちッていう点では共通してますね。

ちなみに2023年現在においてもレゲエといえばダンスホール・レゲエが主流ですが、ルーツ・レゲエのアーティストはちゃんといます。日本にももちろん。少しだけ紹介します。

犬式 a.k.a. Dogggystyle (いぬしき・エーケーエー・ドギースタイル)

 

一度解散しましたが、現在は”犬式”として活動再開しています。犬式の音楽や三宅さんの声がめちゃくちゃ好きです。ま、ちょっと政治やスピリチュアル的なメッセージの部分は賛同できないこともありますが。

Spinna B-Ill & The Cavemans (スピナ・ビル・アンド・ザ・ケイブマンズ)


実は楽器店で勤務していた時代に接客したことがあるんですが、超優しくていい人でした。

名曲を嗜む

ルーツ・レゲエで僕が一番好きな曲を紹介します。

Bob Marley (ボブ・マーリー) / Buffalo Soldier (バッファロー・ソルジャー)

Said it was a buffalo soldier
バッファローの戦士

dreadlocked rasta
ドレッドヘアーのラスタ

Buffalo soldier in the heart of America
アメリカの奥底のバッファローの戦士

 
If you know your history
歴史を知れば分かるだろう

Then you would know where you're coming from
自分がどこから来たのかが

Then you wouldn't have to ask me
俺にわざわざ尋ねる必要もない

Who the heck do I think I am
自分が何者なのか


訳: 中村

陽気な歌なのに歌詞を知ると泣けてきますね。

以上、エチオピアの歴史的勝利に始まり、遠くの島国でそれを崇拝する人たちが現れ、国旗のカラーをみんなが真似して、宗教じみた思想運動になり、その主張が音楽と出会って、レゲエが生まれた、という歩みのお話でした。なんか、『[テキストレッスン] ブルースを弾こう!』でもブルースの歴史を軽く触れましたが、音楽ッて大抵アフリカンの抑圧から生まれてるんですよね。これもまた面白い。

 

ん〜やっぱり僕はダンスホールよりもルーツが好きかな。

 

Midville’s
中村

音楽講師 / ビートメイカー

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