講師の中村です。
突然ですが、「レア・グルーヴ (Rare Groove)」という言葉を聞いたことはありますか?かなりの音楽好きの方でも聞いたことがないと仰る方が多いかもしれません。簡単に言うと、1960〜70年代を中心としたファンク、ソウル、ジャズ、R&Bなどの音楽の中から、当時は広く知られておらず、後世になってDJやレコード・コレクターによって発掘・再評価された音源を指して使われる言葉です。こうした人知れず埋もれていた作品が、1970年代後半から1980年代にかけてレコード・コレクターやDJによって掘り起こされ、その“グルーヴ”を楽しむ文化が作られていき、次第に「レア・グルーヴ」という言葉が定着していきました。
実は僕は高校生ぐらいの時から結構なレア・グルーヴ狂でした。もっとも、自分が好きな音楽が「レア・グルーヴ」と呼ばれていることを知ったのはずっと後の話ですが。
今回はかなりツウな部分を音楽的な視点から掘り下げていきます。ということで、この記事を音楽を聴きながら読み進めてください。色々聴くことでだんだん分かってくるはず。
目次
ヒット曲だけが音楽ではない
SUN (サン) / “Dance (ダンス)”
僕は立場的に、よく「どんな音楽が好きですか?」という質問をされますが、基本的にはレア・グルーヴの話はしません。「サザンが好きです」で終わりです (事実)。以前はちゃんとお答えしていたのですが、「何すかそれ?何でまたそんな無名のやつ聴いてるんですか?」とバカにされたことがあったのでメンドくさくなり、人とそーゆうことを共有するのはやめました。ちなみにその時僕が答えたアーティストは”T字路s”です。
この話の続きはちょっと怖いんですが、その後T字路sがフェスで常連になったりNHKで特番が組まれたりして露出が増えた頃、あの時バカにしてきた人が「中村さん、T字路s知ってますか?めっちゃいいですよ」と、逆にオススメしてきたんです。この時、2つのことを思いました。1つは、自分がいいと思った音楽はこんな人でも分かるような素晴らしい音楽だったことが証明されたこと。もう1つは、あと2歳若かったらコイツの鼻は折れていただろう、ということです。2年でずいぶん大人になったもんです。
まぁ、こんな感じで、大半の人は「売れてる音楽=レベルが高い、優れた音楽」という感覚でいると思います。もちろんこの考え方自体は間違ってないと思います。が、いくつかある正解の1つにすぎません。もちろん売れてる人は並々ならぬ努力をしていることに間違いはなくて。しかし僕は音楽産業を少し違う視点から見ています。
自分から探しに行かなくても聴こえてくるほど日常的にヘビロテされているトレンド音楽は、例えるなら駅前にある餃子の王将みたいなもので、みんなが食べれる場所と味にアレンジしたハードルの低い中華を、アクセスのいい場所で安く、速く提供しています。でも、レア・グルーヴは駅から離れた住宅街にポツンとあって、そこは全国的には無名でも開店前から中毒者が列を作って待っているような、ハードコアな町中華。仏頂面のシェフが効率性を無視してまで手間暇をかけた、より本格的な料理ッていう感じです。
餃子の王将は素晴らしいお店で僕も大好きですが、いわゆる”中華ツウ”が求めている料理とはまた少し方向性が違うだろうなと思います。
レア・グルーヴとはどのような音楽か?
“レア・グルーヴ”は1つのジャンル名であるかのように感じますが、実は明確な境界線があるワケではありません。あくまでも①時間差で評価を得た音楽であることと②そのレコードを蒐集する文化そのものにウェイトがあるので、中にはジャズやR&Bもあれば、ソウル、ファンク、レゲエなども含まれます。なので、どこからどこまでを”レア・グルーヴ”と呼ぶかは人によって多少異なると思います。
もし1つだけ、音楽的特徴を条件とするならば、強烈な”ノリ (グルーヴ)”を持っていることだと思います。
例えばこのThe Meters (ザ・ミーターズ)の”Cissy Strut (シシー・ストラト)”はゆったりとしたループもののファンク曲として有名で、”強烈なノリ”とはまさにこのような、ドラムとベースが粘り気を伴って絡み合うような曲です。機械で均一化されたリズムだけを美学とせず、演奏者同士の微妙なタイミングの違いや”間”を生々しく残したリズムだからこそ、気持ち良さが出る。そしてリスナーの体を勝手に動かしてしまうような強引さもあります。
この曲は現在でもセッションの定番曲となっていますので、音楽活動をしている人ならだいたい知っていると思います。当時もそれなりに知名度があったので (世界的に知られていたかは分かりませんが)、この曲をレア・グルーヴと呼ぶべきかどうかはかなり意見が分かれると思いますが、ノリを説明する一例としてはきっとド真ん中だろうと思って共有しました。
ツウになろう
The Isley Brothers (ジ・アイズレー・ブラザーズ) / “Let Me Down Easy (レット・ミー・ダウン・イージー)”
この世のたいていのモノは深くて面白いのです。側から見れば変態的に思えても、その面白さや難しさが分かっているからこそ好きになれる、なんてこともしばしば。高価な日本酒を楽しむことよりも「米の味」を確認するのが好きな人や、大谷選手の活躍よりもキャッチャーのフレーミングの妙を讃える人、ボールペンじゃなくて万年筆の書き心地やインクの手間暇が好きな人…、多種多様な”深いから好き”がそこかしこにあります。多分、「普通に音楽が好き」ぐらいの皆さんにとって、いきなりレア・グルーヴのことをアレコレ言われるのは、コケや盆栽の良さについて語られているようなモノだと思います。
もちろん僕は「浅瀬で十分楽しんでいます」という人に無理に音楽を聴かせたいとは思っていません。かくいう僕も音楽の沼に浸かることになったキッカケは、誰かから「こんなことも知らないの?恥ずかしいよ?」みたいなイヤミを言われて、「じゃぁ、おたくらが言うその最低限の教養くらいは身につけておいてやるよ…」という発想が出発点でした。気がついたら「誰よりも専門家でいたい」みたいな気持ちになってしまい、現在に至ります。
僕はこーゆう歪んだ愛情こそが”ツウ”で、言い換えるとそれは知名度や分かりやすさだけで判断しない行為を言うのだと思います。レア・グルーヴは必ずしも、歌手のビジュアルや広告の派手さ、バンドの知名度や楽器のテクニックなどで勝負していない作品が多いです。もっと生々しく音楽を追求した結果、危うく忘れ去られそうになってしまった背景もあるくらいですからね。ともあれ、一般的な評価基準からは少し外れたところにあります。
もしこれを読んでいる人の中に「俺もツウになりたい」「ツウぶってみたい」と思っている方がいるなら、現在持っている評価基準を全て捨ててみることをオススメしますが、その前に世間ズレする覚悟だけお忘れなく。
レア・グルーヴとヒップホップ
実は、レア・グルーヴとヒップホップには深い関係があります。ヒップホップでは、ラッパーが乗る音源 (トラック)を作るのに、既存のレコードからドラムやベース、ギターなどの一部分を切り取ってループさせてトラックを作る”サンプリング”という手法がよく使われます。そこで重要になるのが、DJやトラック・メイカーによるディグです。ディグとは日本語で「掘る」という意味で、サブカルが好きな方なら「ディグる」という言葉を使う人もいると思いますが、実はヒップホップ由来の言葉なんです。業界ではレコード店や中古レコードの山から、自分が使いたい音源 (レコード)をひたすら探し出すことを「ディグる」と言っていました。そこでは有名 / 無名かはあまり関係ありません。「このドラム、ヤバいな」「このギターのフレーズ、使えそうだな」という、自分の耳だけを頼りにレコードを掘っていきます。
こうしてヒップホップのDJやトラックメイカーたちが過去のレコードを掘り続けた結果、それまで広く知られていなかったファンクやソウル、ジャズなどの音源が再発見されることもありました。つまり、レア・グルーヴとヒップホップは、「過去の音楽を自分の耳で掘り起こす」というレコード・ディギングの文化を通じて、強く結びついていったのです。僕自身、10代の頃にヒップホップにハマッたことが、こうした音楽を掘り始めるきっかけの一つでした。
ヒップホップのトラック作りについて、まだピンときていない人もいると思うので例を出します。例えば、James Brown (ジェームス・ブラウン)の”Funky Drummer (ファンキー・ドラマー)”は最もよくサンプリングされたネタの1つです。
James Brown (ジェームス・ブラウン) / ”Funky Drummer (ファンキー・ドラマー)”
この曲を使った名曲はたくさんありますが、例えばEric B & Rakim (エリック・ビー・アンド・ラキム)の”Lyrics of Fury (リリックス・オブ・フューリー)”なんかは分かりやすくサンプリング (モロ使い)しています。
James Brownのものより少しテンポを落としています。
こんな感じで、ヒップホップのトラックはある曲のドラム部分をサンプラーという機械でループさせて、そこに別の曲から切り取ったネタ (上モノ)を重ねてループさせます。速度やキーの違う曲同士を重ねる場合でも、揃えることができます。
もう1つ例を出しましょう。2曲ほど紹介します。
Lafayette Afro-Rock Band (ラファイエット・アフロ・ロック・バンド) / “Hihache (ハイハッシュ)”
Dennis Coffey & The Detroit Guitar Band (デニス・コフィー・アンド・ザ・デトロイト・ギター・バンド) / “Scorpio (スコーピオ)”
1曲目のドラムと、2曲目のギターを組み合わせると、こうなります。
LL Cool J (エルエル・クール・ジェー) / “Jingling Baby (ジングリング・ベイビー)”
元の2曲を別々に聴いてから”Jingling Baby”を聴くと、ヒップホップのプロデューサーがレコードのどこに価値を見つけていたのかが、少し分かりやすくなるかと。これでなんとなく、サンプリングというものについてお分かりいただけたかなと思います。他にも、チョッピングによる曲作りの方法もあるのですが、長くなるので今回は割愛。
ところで、なぜ今古いものが評価されるのか?レッスンで若い人たちに「何を聴いているのか」を聴くと、親世代が好きだった音楽を楽しんでいる子が思っているよりも多いように感じます。日本でもシティ・ポップや90年代のアニメ・ソングがリバイバルしていたり、新しい音楽だけでなく過去の作品たちにも目を向けられることが増えただけでなく、あえて音質や画質を下げたレトロな見せ方が確立されたりもしています。レア・グルーヴに関しても、ここ数年で色んな情報が出回るようになりました。
要するに「古いからいい」ではなくて、「時代が変わってもカッコいいものはカッコいい」ということなんです。流行ってるから聴くという選択も否定しませんが、時には誰かが決めた良さに従うだけでなく自分が本当にカッコいいと感じる音やグルーヴ感を、自分の時間を使って自分の耳で発見しにいくのもいいもんです。新しい音楽と出会うことは、自分だけの贅沢な時間でもあると思います。
そしてレア・グルーヴという時を超えて再評価されたというロマンを感じてみてください。
10代の頃は新しいヒップホップと出会うたびに少ないネットの情報の中から元ネタとなった曲を探しては、大きなCDショップに行ったり、中古レコード店に行ったりして探したもんです。僕にとってヒップホップはただのヤンチャな音楽ではなく、未知の音楽 (レア・グルーヴ)と出会わせてくれる百科事典のような音楽でした。カッコいい曲を作っているカッコいい人たちが選んだ、カッコいい素材について深く知りたいと、今でも思っています。もちろん、全く知らない音楽を自分から探しに行ったりすることもありますが (便利な世の中なので)、まだまだ知らないことだらけなんだと思い知らされますね。音楽はこんなにも深くて広いのかと、その玄妙さに面食らうこともしばしば。それでも、自分の音楽生活は自分の好きなものに囲まれていたいという欲求は若い時からずっと変わりません。
普段は自分が本当に好きな音楽について公表したりシェアすることはないのですが、まぁ気が向いたら続きの記事を書きます。
Midville’s
中村
