講師の中村です。
ホストファミリーとムスリムの話。
このところ観光や移住で外国人が日本にたくさん入ってきて、文化の違いからさまざまな軋轢が生じているといったニュースがSNSユーザーの関心を引いているらしい。特に反発が大きいのがムスリム (イスラム教徒)。時事ネタッて賞味期限が早いので、あんまり触れたくなかったけど実は僕、学生時代に行った留学先のホストファミリーがムスリムだった。だからほんの少しだけ彼らの生活や文化について知っているので、当時の思い出と共にシェアしようと思う。
僕が留学していた国はとても小さな国なのだけど、実はムスリムとクリスチャン (キリスト教徒)、ヒンダス (ヒンドゥー教徒)の3つの異なる教徒が共生していた。古くからその国に住む原住民たちはノンビリした性格で全然働かないため、イギリス帝国の植民地だった頃にインド帝国から大量の労働力を受け入れた背景がある。その移民の多くはムスリムとヒンダスだったので、この国には2つの人種と3つの宗教が共存することになった。インド人は基本的に勤勉なので、肉体労働から専門職までなんでもこなし、2025年現在でも国の経済を支えている。
1つの国の中で、話す言葉も信じる神様も違うとなると、それぞれの属性ごとに住むエリアを分けたり、通う学校を変えたりしないといけない。当然聴く音楽もやるスポーツも行きつけの店もだうたい分かれる。トラブルが起きないように行政がわざわざ分けているのか、それとも喧嘩しないために自ら分かれていったのかは分からないけど、少なくとも僕が滞在した数ヶ月間に宗教間のイザコザに遭遇したことはないし、僕が通っていた語学学校の先生たちは異教徒同士、異民族同士でも仲良く仕事してた。
とりあえず今のところ共存共生が成立している国であり (これを多様性と呼んでいいかは置いといて)、そこで僕が行くことになったのはインド系ムスリムのホストファミリー。ムスリムは基本的に信仰心が厚いので、彼らは生活の軸が全て宗教だった。日本人の僕からすると相当クセが強い。
お母さんは毎日数回お祈りをするし、もちろん家族の誰も豚肉なんて食べない。お母さんは肌を見られないよう、家の中ではどんなに暑くてもヒジャブをつけていた (ヒジャブは上の写真のような、体を覆う布)。中学生くらいの娘は家では軽装だけど、外に出る時だけはヒジャブを着用していた。お父さんは飲酒はしないがヒマさえあれば紙タバコを吸った。たまに遊びにくる長男も愛煙家だった。
当時は分からなかったけど、イスラム教の家庭がこのように過ごすのはかなり世俗的な方らしい。イスラム教の国の中にも宗教的なルールに厳しい国とそうでない国があるみたいで、厳しい国 (例えばサウジアラビアとか)ではもっと厳格に暮らしているみたい。酒もタバコも禁止されているケースがある。
ちなみに家の様子はこんな感じ。僕のところは4LDKの平屋。ここに5人で暮らした。生活はとても倹約的で、屋根の上に溜めた雨水を浄水してトイレやシャワーに使ったり、電気代が高いのでテレビの灯りで過ごしたり。ご飯はモスクでもらってきたカレーをロティで食べる。ただ、この家庭は決して貧しかったワケではなくて、自宅を含む近所の平屋を数件管理するオーナーで、家賃収入があるからどこかへ勤めることなくお母さんは好きなだけお祈りをして、お父さんは好きなだけタバコを吸ってた。外食なんてしないし、物を大切に扱って贅沢品を買うことはない。とにかくムスリムの住むエリアでは質素で禁欲的な生活がデフォルト。
大きな道を挟んで向こう側にクリスチャンの住むエリアがあったのだけど、家は派手で大きくて、週末バーベキューをしたり、ちょっといい車に乗ったりしていて道路一本違うだけで全然景色が違った。
カルチャーショックだったのは、インド人がトイレットペーパーを使わないこと。噂には聞いてたものの、トイレにはペーパーホルダーすらないので不便。インド人以外の人間がウンコしたい時は1ロール200円くらいするトイレットペーパーを (高い)スーパーで買ってきて持ち込まないといけない。もしこれを切らしてる時に急に便意が来たらマジで詰む。僕以外の家族はみんな便器の横にあるバケツから汲んだ水を使って左手でケツを洗うらしい。「その濡れた手とケツはどうやって拭くのか?」とはよう聞かんかった。(暖かい国だったし、自然乾燥か…?)
一番印象的だったのは僕が到着したその日にラマダン (断食)が始まったこと。最初の1ヶ月間は1人で朝ごはんを食べた。他の家族は陽が上る前の朝3時頃にゾロゾロ起きてきてモリモリ食べる。単なる宗教的なイベントだけど、断食はそもそも体にめちゃくちゃいいらしい。
インド系の家族なので食事は当然、毎日カレーだった。でも毎日違うカレーが出てくるので、特に飽きることもなく。もちろん日本で想像するカレーとは全然違くて、どれもこれも本当に絶品だった。どうやって作るのかをお母さんに聞いたが、「モスク (イスラム教の寺院)まで鍋を持って行ったら人数分もらえるよ」としか教えてくれなかった。お母さんは米を炊いたり、ロティやナンを焼く以外、キッチンに立たない。まぁ、トイレでの左手事情を考えると、もらってきたご飯の方がいいか。
この国では日本より4-5時間早く1日が終わる。例えば、語学学校は13:00くらいに終わるし、市場やレストランは16:00くらいにほとんどの店は閉まる。18:00を過ぎて外にいると不良みたいな目で見られるし、多くの家庭は20:00には寝る。24:00まで開いてるバーもあるけど、かなり少ない。土日はスーパーもガソリンスタンドもやってない。バスも走ってないし、開いてるのはホテルか空港、あとは街中のチェーン店くらい。みんな休みの日は基本的にボーッとするか、祈るか、公園でバスケやラグビーをする。こーゆうのは労働者目線では楽な生き方ができるけど、消費者目線ではまぁまぁ不便。そういえば今年大阪万博に行った時、この国のパビリオン (コモンズ館)に行った時も、他のブースはきちんと21:00までやってる中、この国だけは18:00くらいに「疲れたから帰る」といって店を閉めてた。
とにかく留学中は、平日の放課後になるとやることがない。先に帰国する友人を空港まで見送ったり、家で英語の勉強したり、空手道場で指導員のボランティアをしたり、娘の算数の宿題を手伝ったり、色々なことをやって過ごした。一番思い出深いのは孤児院でのボランティア。バスで20分ほど行ったところに孤児院があって、そこには1歳から17歳くらいまでの子供たちがいた。ボランティアがするのは子供たちと庭で遊んだり、本を読んであげたり、小さい子を寝かしつけたりすること。ここの経営者がものすごく教育熱心な韓国人のおばちゃんだったので、子供達は韓国流の厳しい教育を受けながら育っていた (おばちゃんは子供たちからは慕われていた)。この孤児院で、3歳の男の子がお母さんと面会した時に写真を撮ったのだけど、この一枚が留学中のベストショット。ちなみにこの親子がムスリムかどうかは知らない。多分違う。
とまぁ、留学中はそれなりに楽しく過ごしたんだけど、正直、留学する前はイスラム教が怖かった。カルトか何かにしか思えなかった。だって当時のイスラム教に対する認識なんてテロとか戦争みたいなキナ臭いイメージばかりだったし、「穏健派もいる」なんて言われても「それすらも日本人から見ればテロリストなのでは?」と思えて信じられなかった。
留学前ガイダンスで怖さに拍車をかけたのは「ムスリムの前では”無神論”を話すな。一応、みんなは仏教徒だということにしなさい。」と言われたこと。
この恐怖を抱えたまま、いざムスリムと一緒に生活を始めてみると、実際には宗教的な行事を押し付けてくることはなかったし、僕が酒を飲もうが豚を食おうが全て許容してくれた。「なんだ、こんなもんか」と思った。けど、それは過去に何度も日本人を受け入れてきた経験から”認めざるを得なかっただけ”のことで、異教徒や異文化を理解する姿勢があったかといえば、多分全然なくて…。それは日々の態度にも結構出ていた。実際、うまくいかなかったホームステイヤーも過去に何人か居たらしい。
ある時、お母さんが宗教についてこう教えてくれた。
「ムスリムにとって神様 (アラー)は全ての上にある。みんなそう考えてる。」
あとで分かったことだけど、この言葉は決して抽象的な表現ではなくて、文字通りこの世のあらゆるものの上にアラーがいるということを意味している。法律も、政治も、人権も、全てアラーによって決定され、与えられる。つまりイスラムの教えは”政教一致 (宗教=国家)”が余裕でありえる建て付けになっているのだ。
この時点で、政教一致に対するアレルギーが強い日本社会は彼らの宗教への矛盾を多く含む。多くの日本人が思っている”無神論”もその1つ。神様がいない、神様を信じないということは、ムスリムの生活に対する根本的な否定になってしまう、非道徳的で非文化的な思想とみなされる。ガイダンスで「ウソでもいいから仏教徒だと言え」と言われたのは、「せめて無神論よりマシな設定でいけ」ということだったんだろうけど、その仏教ですらイスラム教とは比較の対象になりえない。結局どこかで「イスラムの神様が一番偉いけどね」という感覚があるんじゃないか。僕たちからすればそんなことはどうでもよくても、彼らにとってそうじゃない。
もし僕のホストファミリーが日本に来れば僕が感じたカルチャーショックよりも遥かに強いたくさんの衝撃を受けると思う。彼らとの数ヶ月の生活の中で感じたのはそーゆう、日本の法律や文化 (=アラーが作ってない法律や文化)を理解して受け入れる義理なんて1ミリもないよ、といったようなちょっとした不遜さ。その態度の濃さはもちろん国によってバラバラだし、他文化に理解のあるムスリムがたくさんいるのも知っているけど、でも結局反発もたくさんあるし、トラブルも以前より目立っているワケで。
実は、滞在中はモスクにも行ったことがある。モスクというと上の写真のような美しい建築を思い浮かべるけど、実際に行ったのは”ちょっとデカめの家”ぐらいのサイズだったと記憶している。写真撮影はダメと言われたので撮ってない。
ホストファミリーのお母さんに頼むと最初は断られたが、滞在期間が残りわずかになってくると「行ってみる?」と誘ってくれた。「半ズボンはダメ」と言われたので、次男のパンツを借りて出かけた。モスクに僕みたいなアジア人は当然いない。でもみんな暖かく歓迎してくれて、作法を丁寧に教えてくれた。みんながみんな、悪い奴ばかりではないのだ。全てのムスリムがニュースで見るような武装集団じゃない。そんなことは分かってる。
でも連日ニュースで関東の方ではより深刻な問題が起きていると報道されている。コーラン (イスラム教の教典)に「郷に入っては郷に従え」の一行を書き加えれば解決するのになぁ…と思いつつ、日本でもいつか問題なく生活できる日が来ることを、ただ祈る。
Midville’s
中村
