
ハーモニーとは何か?[参考動画あり]
講師の中村です。
最近興味深い動画を見つけたのでシェアします。
イギリス人ミュージシャンJacob Collier (ジェイコブ・コリアー)が年齢の違う5人の受講生役の人に「ハーモニーとは何か?」を説明する動画です。Jacob Collierはギターやピアノ、ドラムやベースなど様々な楽器を演奏できるマルチプレイヤー。パフォーマンスがとてもカッコイイです。と言っても僕はミーハーなので彼の音楽はグラミー賞ノミネート時のアルバムしか知りませんが…。動画内での受講生はそれぞれ10歳以下の子供からプロ奏者まで幅広く、相手によって説明の仕方を変えています。最後の相手はなんとHarbie Hancock (ハービー・ハンコック: 下の写真)、言わずと知れたジャズ界の超重鎮ピアニストなワケですが、この動画が撮影された当時まだ20代前半の若造だったJacob Collierが御歳 (約)80歳のでぇベテランにハーモニーとは何か?についてどうアプローチするのか、気になります。

今回の記事ではこの動画の内容を元に、僕が面白いと思った部分をピックアップしながら、ハーモニーとは何かを皆さんにも感じてもらいつつ、僕なりの解釈や補足を加筆していこうかと。この動画で取り上げられている意見については賛同する部分が多いため、皆さんにもシェアしたいと思います。
ハーモニーは言語で、物語である

10代の子には分かりやすく「ハーモニーとはメロディに感情を与えるものだ」と教えます。その通りだと思います。


3人目、大学生へのレッスンではハーモニーを言語に例えています。
僕もレッスンではよく「コードは単語である」という説明をします。単語をいくつ覚えても文を作れなければコミュニケーションは取れません。それはコードも同じで、1つでは文脈がなくただの”響き”に終始するため使い物にならないんです。色んな進行を与えることでストーリーが生じます。つきなみなコード進行 (言い回し)もあれば、あえてセオリーから外れて過激な表現で聴き手の注意力を高めたり、逆に言い過ぎないことで説得力を強めたりすることもできるのです。その意味で音楽は言語であるといえます。

Jacob Collierの言う「物語」は、コードが流れを作ることで感情や風景などの”設定”を描くことができると言う意味だと解釈できます。

ハーモニーは日本語で”調和”のことで、一般的には複数の音が相関している状態、あるいはそこに内在するキャラクターを指します。それが理論化されて名前が付けられたのが”コード”で、それが連続することでコード進行になり、物語の風景を描き出すことができます。
調和は音だけでなく、整ってつり合っているあらゆるものに使う言葉ですね。人間関係においてもTPOに合わせて振る舞う行為なんかはまさに調和と言えます。そうすることでそのグループの性格が見えてきます。そういう連続が物語を構成しているのです。

そういった体系化された言語を、感情に合わせて使うと言うことが重要であるとJacob Collierは言います。ただムダを省いた効率的な物語を構成しても、それは理論的には面白いだけで聴いてて良い音楽になるとは思えません。”ムダ”にこそ楽しさが詰まっているッていう点も人間関係とよく似ていると思います。

ホントにそうですね。
楽譜はまさに小説で、物語が描かれています。それを演奏すれば、みんなが同じ音を聴いて何かを感じとります。これが音楽=言葉であると考える所以です。
音を聴きながら想像せよ
更にハーモニーへの理解を深めたければ、想像力を働かせるべきだと思います。例えばメジャーコードを聴いて「明るい」と感じたり、マイナーコードを聴いて「悲しい」と感じたり。このくらいはほぼ全ての人が同じ感想を抱くのではないでしょうか。じゃぁ、「明るい」とか「暗い」ではなくて、味で言うと何なのか?天気で言うとどんなか?そーゆう別のとらえ方をしていくことも重要です。

レッスンの中で鳴らしたハーモニーを「きらりと光る氷面のよう」と表現しているシーンがあります。高い音には繊細さ、清潔さを感じることがあります。特に動画で使われたピアノの音色がそうさせているように感じますが。


コードの流れを作って「夜明け」「日が昇る」などと表現する場面もありますし…


違うコードからだと「日が沈む」と。

迷子になると不安になりますよね。その不安な感じが”迷子”なのかも。あるいは「次に何のコードを鳴らせばいいかが分からなくなった」という意味での迷子かもしれません。
大事なのは想像すること、そして頭の中のイメージを言語化すること。正解はありません。みなさんが思う感覚だけが全てです。
ハーモニーという美的感覚

1人目のプロピアニストの方とのレッスンの中で、少し難しい言葉が出てきました。”倍音”です。
この説明は文章だと難しいんですが、簡潔に言うと、”ド”の音を鳴らした時、実際には”ド”以外の音が同時に鳴っていて、その”ド”以外の成分のことを倍音と言います。楽器の音でなくても、人の声や動物の鳴き声など、身の回りの音にも倍音は含まれています。なので、Jacob Collierのいう「自然界に存在する」という説明は「物理現象として当たり前にある」と解釈すればOKです。
もう少し詳しくいうと、”ド”という基音に対して倍音は”ミ”や”ソ”など、”ド”と非常に相性の良い成分が含まれているものなんです。つまり”ド”はそれ単体でCメジャー (ドミソ)という明るいコードの要素を纏っています。なぜ倍音は基音に対してそんなに都合よくハーモニーを成すのか?という疑問については音楽が持つ数理的性質の話なので、ここでの説明は割愛します (もう少し勉強して、いつか別の記事でご紹介できればと思います)。とにかく、人類のほとんどはメジャーコードを聴いて「明るい」とか「調和している」という共通の主観を持つようになってるのは倍音の影響だということです。
こういった美的感覚 (言語化が難しい”暗黙知”)は20世紀に入って色々な角度から科学的に理論化されていて、僕たちの想像を超えるレベルで実証も反証も可能になっています。たった1つの音の中にもハーモニーが内在していて、僕たちはそれを無意識的に (本能的に)「美しい」と感じるようにできているということです。不思議ですね。
さらに、このメジャーコードを構成する3和音 (例えばドミソ)に、別の1音を加えることで演出的にコードを変えることができます。それがコードのバリエーションです。セブンスとか、メジャーセブンスとか…そういうやつですね。楽器を演奏する人はこのバリエーションを1つでも習得しようとしますが、動画の中でJacob Collierは別の考え方について語っています。




ここで彼は何を言っているかというと、例えばCメジャー (ドミソ)を”ミドソ”、あるいは”ドソミ”などとヴォイシングしてみると違った雰囲気を持たせることができ、そうすることで別の音を加える選択肢が増えるよ、という説明をしています。これを”転回”と言い、作曲やアレンジの場面で有効に作用させることができます。選択肢を増やすにはとても良い考え方です。※ギターだとちょっとやりにくいですが。


でも選択肢が増えすぎると、迷子になることもしばしば。そーゆう時彼は、感情をゴールにすると良いと言います。
まぁ、そうしないとワンパターンに縛られてしまいますしね。
「音楽は人生ですよ」
動画は佳境に入ります。最後の受講者はHarbie Hancockです。相手が大物だけに、話す内容が深くなってきました。冒頭ではコード進行のパターンについて2人で色んなアイデアをシェアしています。
その中でコードのベースの動き次第で「緊張感と壮大さ」が生まれることはまるで「人生で味わう感情のようだ」とJacob Collierが言いました。

大先輩Harbie Hancockは間髪入れずに返します。

もはや理屈を超越した会話…。
後半には2人のセッションがあります。最後の和音に向かって2人の音がいりくんで絡み合い、アイコンタクトで物語を終わらせていきます。この最後の和音がスッキリ聞こえるのも、文脈があるかないかで随分違ってくるのです。
おまけ: Jacob Collierの提唱する”学び方”
Jacob Collierは「感情的に音を捉えて、理論的に理解し、感情的に演奏する。」といったようなことを別のインタビューや動画でも繰り返し述べています。

今回の動画で言うとこの部分がきっと言い換えになっていると思います。
彼のこの考えには僕も同意で、音楽を「理論VS感情論」という構図にしたがる人はかなり多いと思いますが、これらは対立関係としてみなすのではなく、理論的な理解は感情表現の手段になり得るという風に理解してもらえたら、また少し違った世界が見えるかなと考えます。
Midville’s
中村
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中村
音楽講師 / ビートメイカー
『井上 陽水英訳詞集』 著: Robert Campbell <講談社>
内容は日本語を母語にしている僕たちでさえも「不思議!」と思わざるを