Daily三国志ヨタ話

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三国志ヨタ話

講師の中村です。
三国志ヨタ話。

 

正直に言うと僕は小説をじっくり読むような文学少年ではなかった。『ハリー・ポッター』は4ページで挫折したし、母に勧められた『ニルスのふしぎな旅』も『エルマーのぼうけん』もW.Shakespeare (ウィリアム・シェークスピア)もよう読まんかったが、実話ベースのものは好んで読んだ。それでハマッたのが三国志だった。世間では『キングダム』が大流行だがそれはまだ読んでいない。『キングダム』は厳密には三国志ではなくそれよりも前の時代の話だそうだ。中国の歴史書はどの時代も面白いが、僕はとりわけ三国志が好き。今日はそんな僕の愛読書を色んな角度から楽しむヨタ話。

歴史が好きなのは兄の影響で、小さい頃から『三国志演義』や『水滸伝』を一緒に楽しんだ。もちろん最初はゲームやドラマ、人形劇などから入ったのだけど、高校生になるまでには横山 光輝先生の漫画『三国志』、俗に言う『横山三国志』や、北方 謙三先生、吉川 英治先生の書いた書籍や羅 貫中 (ら・かんちゅう)の本家『三国志演義』 (岩波少年文庫)もなんとか読み終えた。

三国志はどの本も、この歳になってまだ復習がいるくらい難しい。登場人物は多いし、当時の国のシステムも複雑だし、タテ (時間的な前後関係)とヨコ (同時代の別の出来事)の辻褄を合わせるのに時間がかかる。単に僕の理解力が足りないだけだろうけど。ただ、読むたびに毎回違う面白さがあるのは間違いない。というのも、読んでいる時点での自分の年齢や経験値、知識量が変わっているから、昔は食えなかったジジ臭い和食が大人になったらめちゃくちゃ美味しく感じるみたいに、その時の自分が面白いと思う視点で楽しめる。

例えば子供の時はゲームや漫画の影響で、誰が誰より強いのかとか、カッコイイ武器や馬を誰が持ってるとか、男の子ッて戦いが好きだし肉弾戦だと尚更燃えるし、一騎打ちを挑むシーンや少数で大軍に勝ったりする話に胸が熱くなったりもした。三国志マニア同士だと、誰が好きかで軽く1時間は盛り上がれるだろう。

僕は曹操 (そうそう)がとにかく好きだ。腹黒いヴィランとして描かれるが、この腹黒さも才能だと思うしかないほどに見事な黒色だし (狡猾な悪人なのは否定しない)、もう1人の主人公・劉備 (りゅうび)と違って基本的にはきちんと筋を通すところが良い。好きな登場人物は挙げればキリがないが、とにかくひときわ生き様がカッコイイのだ。

そんな曹操率いる勢力 (及び魏)にもなかなか良いキャラが揃っているから少し紹介したい。軍の中枢には彼の親戚が多く、身内がそもそも強い奴だらけなのがまず面白い。例えば彼の従兄弟にあたる司令官・夏侯惇 (かこうとん)は射抜かれた自分の目玉を「親からもらったものを捨てられるか!」と言って食べてしまうイカれた人物であった (実際には穏やかなキレ者だったらしい)。実力的にはナンバー2くらいの能力があったのに、曹操と仲が良すぎて「上下関係を作りたくない」という理由から長らく役職を与えなかった。最終的にはちゃんとポジションを用意してもらうんだが、その1年後に病没してしまう。

同じく従兄弟で最も軍功の高かった曹仁 (そうじん)は、あの軍神・関羽 (かんう)を打ち負かすなどして、若手たちのいいお手本になった。

そしてなぜか30人くらいいる曹操の子供も個性豊かで、後を継いだ曹丕 (そうひ)は曹操以上に狡猾だったり、その弟・曹植 (そうしょく)は天才的な文学の才能があったり (自分を処刑しようとした兄・曹丕を詩で泣かせるシーンがある)、その更に弟の曹彰 (そうしょう)は脳筋キャラだったり…なかなか面白い。

曹操は外様でも「結果さえ出せば厚遇する」のが流儀というところもなかなか渋い。例えば呂布 (りょふ)軍から引き抜いた張遼 (ちょうりょう)は「泣く子も黙る」の語源となった人物で最も曹操から信頼された家臣だった。敵軍10万人をたった7,000人で勝った戦いは有名だ。

他にも袁紹 (えんしょう)軍から引き抜いた張郃 (ちょうこう)も、ゲームだと不思議なキャラクターになっているが、実は頭脳明晰で蜀の軍師・諸葛亮 (しょかつりょう)とも互角に戦ったりした。こんな風に他軍でスカウトされて活躍した人物は結構いる。

反面、身内だろうが旧友だろうがチョンボした人間は容赦なく処刑する冷徹さも持つ。そーゆう時は一族皆殺しにするのが基本だが、時おり「お前が死んでも家族のことは俺が見てやる。」と言って財産や役職を与えたりする優しさも見せる (劉備はもっと感情的な判断が多い)。

また曹操の用心棒もファンの間では大変に人気で、身代わりになって全身に矢を受けて絶命した典韋 (てんい)や、屈強だがおっちょこちょいに描かれる許褚 (きょちょ)など、キャラが立っていて良い。

僕が特に好きなのは楽進 (がくしん)、李典 (りてん)、于禁 (うきん)、劉曄 (りゅうよう)など、だいたい旗揚げの頃からいるメンバー。ゲームやドラマではいっさいパッとしない役回りだが、役職名から考えてかなりデカい結果を出していたことは明らだし、『正史 三国志 (ほぼノンフィクション版の三国志)』における評価も高い。こんな風に、曹操軍には蜀の五虎大将軍に負けず劣らずのスター選手が実は多いのである。

三国志の楽しみ方はもっと深い。高校生くらいになって多少の社会性が身についてくると、”リーダーシップ”について考えるようになる。『三国志』はそこでも立派なお手本になるのだ。3人の代表的なリーダーを比べればその理由も分かる。

 

①呉皇帝・孫権 (そんけん): 親から国を引き継いだだけのリーダー。天下統一よりも自分のシマの安定が大事なので呉の結束は固い。
蜀漢皇帝・劉備: 部下に恵まれたカリスマリーダー。”一応”漢王朝の遠い遠い親戚なので潰れかけている王室を自分が新しく作り直そうと野心を燃やす。
魏王・曹操: ヤンキー上がりのワンマンリーダー。弱体化してなんの権限もなくなった現皇帝の下でもう一度王朝の再生を試みた。そのため、自らは皇帝を名乗らなかった (が、皇帝の代わりに権限を行使しまくったため周囲から敵視された)。

 

個性や目的がそれぞれバラけていて、”君主論”としても面白い。物語の序盤にはもっとたくさんの群雄 (リーダー)がいたので、それらを比較しても良い。人間の一生ッて、この時代から何も変わってないのかもしれないと思うと、一層物語に愛着がわく。君主論と言えばイタリアの思想家Niccolò Machiavelli (ニッコロ・マキャベリ)も深いが、理想論を読むよりも人の一生を見ている方が僕には合う。

しばらく経ってからまた読んでみると、ゲームやドラマなどがベースとしている『三国志”演義”』にはフィクションがいくらか混ざっていることを知った。浪人生くらいの時だったかなぁ。フィクション少なめの『”正史” 三国志』を読みたくなり手を出した。どこまでがホントなのか?比較してみたら脚色は20-30%程度しかなく、ほぼ事実に基づいていた。それどころか、正史の方がぶっ飛んでいる時があり、それで余計に興奮する。『演義』でマイルドに脚色されている部分がかなり多いことを考えると、『演義』ッてエンタメ的に本当によくできているなと思うし、『正史』は『正史』、『演義』は『演義』で楽しむことができる。多くのファンはロマンがなくなるからと言って『正史』を避ける傾向にあるが、ファンタジー要素がなくなっても十分面白いのだからすごい。読むのは大変だったけど。

社会人になって『三国志』を読むと、登場人物の下っ端を今の自分と照らし合わせてしまったりして、ストラテジーや処世術 (つまり兵法)に深入りするようになった。

三国志には『孫子』『六韜 (りくとう)』『三略』『呉子』などなど、武経七書と言われる兵法書を引用したセリフが多く、これらの書物に僕は目をつけた。登場人物たちはだいたいこれらを学んで実践しているらしい。この書物たちがどれくらいすごいかと言うと、BC500年頃から伝わっていて、三国志の時代がだいたいAC200年くらいからだから、この時点で700年間は読まれ続けている。三国時代においても既に”古典”なのだ。日本のビジネスマンが最近こぞって読んでいる『孫子 (の兵法書)』はその武経七書の筆頭格である。

今読むことができる『孫子』は曹操によって編纂 (注釈付け)されたと言われているが、更に超訳された読みやすいものも流通しており、平凡な啓発本を何冊も読むよりずっといいと思う。僕は仕事がなくて不安になった時、大きな仕事をする前日には必ず『孫子』を開いて、一旦リラックスする。兵法書は何も戦争のためだけにあるのではなく、結局は人間が大一番の時になんとか生き残るために必要な思考学なのだと実感した。

 

 

去年の末に、また自分の中で三国志ブームがやってきて数年ぶりに読んだ。というのも、古本屋でこんな本に出会った。

これを読んで軍師たちのバックグラウンドが気になって、深掘りすることにした。どうやらこの時代の識者や賢者、あるいは土地の有力者は”諸子百家”に対する心得があるらしい。とにかく故事成語や過去の偉人に関する知識を前提とした内輪ネタが多すぎて、褒めてんのか貶してんのかよくわからない時がある。

諸子百家とはこれまた紀元前からある中国独自の哲学及び宗教の総称で、儒教とか道家とか墨家とか色んな種類がある。特に儒教は当時から主流なのだが、儒教というとなぜか嫌がる人をみかける。物語の中でも現代社会においても。例えば曹操は口うるさい儒学者を一家もろとも処刑するのだけど、それが実は儒教を作った孔子の子孫だったりして、一層儒学者との対立を深めたみたいなエピソードがある。あるいは実力主義の業界で働いている現代のビジネスマンは儒教を悪だと見なしがちだし、嫌韓派の人たちも「韓国には儒教が根付いてるから…」と言っているのを見たことがある。どれどれ、儒教ッてのはそんなに悪い奴なのか…と気になり、今年に入ってから儒教のバイブル『論語 (孔子)』を読んだ。結論から言うと、めちゃくちゃ面白かった。

書いてある内容は特に期待以上でも期待はずれでもなく、一般的な道徳の教えッて感じだったが、ひとまず知的好奇心が満たされて脳汁がブシャブシャと溢れた。僕が読んだ本の訳が間違っていないならば、内容的に嫌われるような要素は特にない。なんならこの教典が示す道徳規範は、日本 (で生まれ育った人)が共有している道徳心そのものと言っても良い。例えば年上を敬いなさいとか、礼儀とか大事にしようねとか、人に迷惑かけんなよ、感謝を伝えろよ、とか…まぁ、宗教が変わっても教典が示す道徳観はだいたい同じなんだが、誰もが一度は考えたことがあるようなトピックを、うまく言語化しているのだから。これを嫌っている人は何か誤解しているに違いない。

ただ、まぁ、あまりにも東洋的な作法や儀式みたいなものにこだわりすぎるのは今っぽくないし、”年功序列”は”実力主義”と相反するから敬遠したくなる気持ちは分かるけどね。

実は今年の1月、レッスンが少なくてヒマだったので孔子の他にも『荘子』や『老子』など、別ジャンルの諸子百家にも触れてみた。読んだ感想はシンプルに「これらは僕には合わない」だった。だって、老子が言う「上善水の如し」を地でいくには僕は若すぎるし、荘子なんてヒッピーとかアーミッシュのようだったし。働き盛りの男には、やっぱり武経七書の『孫子』に限る。


三国志をまだ読んでいない人は是非。ドラマは『Three Kingdoms』が一番面白い (長いけど)。漫画なら山原 義人先生の『龍狼伝』や横山 光輝先生の『三国志』が良いと思う。



こんな面白いモノを教えてくれた兄が今日、40何回目かの誕生日を迎えた。仲が悪かったワケではないが、家族というのは色々あるもので、今連絡が取れない状態にあり (刑務所ではない)、兄は今生きてんのか病んでんのかすらも分からない。めんどくさいから人には死別したッてことで通してるが、毎年「良い夫婦の日」は僕の中で「生き別れた歴史オタクの兄の日」なのだ。元気か、おい。親族には言わないから、僕には連絡していいぞ。


Midville’s
中村

音楽講師 / ビートメイカー

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