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音楽は技か?心か?

講師の中村です。
音楽は技か?心か?

18世紀中頃のフランスで、”ブフォン論争”というものがありました。これは伝統的で格式高いグランド・オペラを支持する人たちと表現力の豊かなオペラ・ブッファを支持する人たちとの間で行われた言い合いです。この論争の中心にいたのが、グランド・オペラ派の音楽家Jean-Philippe Rameau (ジャン=フィリップ・ラモー)と、オペラ・ブッファ派の思想家Jean-Jacques Rousseau (ジャン=ジャック・ルソー)でした。Rousseau (ルソー)は中学校の社会科の教科書にも出てる文人ですね。

音楽に優劣はあるのか

グランド・オペラはフランスの古典的な音楽で、メロディよりもコード、即興性よりも合理的かつ明晰な様式美を重視するような音楽でした。上手くないと (巧くないと)ダメであると。それに対してオペラ・ブッファというのはイタリアで流行ったスタイルで、内容は単純なもので庶民的、笑いもあり即興もあり、心で表現する音楽でした。技術とかしきたり以上に、気持ちが大事なジャンルです。彼らはこの2つの音楽で優劣を決めようと議論していたのです。

まぁ、決して質の良いテーマではないと思いますよ。フランスとイタリアの音楽を比較して、どっちが優れているのかを話し合ってるだけなんですから。J-POPとK-POPのどちらが優れているかなんてきょうび語り合う人はいません。どんなに酔っ払ってもそんな話はしません。市場が分かれてる時点で競技も別ですから。

にも関わらずこの議論は数年に及んで繰り広げられ、しかも大勢の人が音楽の優劣について真剣に話し合っていたのです。

議論の内容

実はRousseau (ルソー)はそもそもフランス音楽に否定的だったというバックグラウンドがありました。Rousseauは『言語起源説』という本の中で、「主旋律は言語に影響される」という趣旨で論じていて、メロディを書くのに向いてる言語とそうでない言語があると説明しています。その定義においてはフランス語は美しいメロディを作るのに不適切であると考えていたため、フランス人音楽家がメロディよりもコードなどでそれっぽく作曲することを嫌っていました。こんなもの、表現ではないと、そう考えていたのです。そしてRousseauの言う表現のない音楽を作る筆頭格がRameau (ラモー)だったということです。ここに書いてある以上に、Rousseauは熱心に当時のフランス音楽を批判しまくります。特にRameauに対しては名指して、ほとんど挑発と言っていいくらいのレベルで…。さらには「隣国 (イタリア)のオペラ・ブッファは最高だよ!お前らどうせ聞いたことないだろう!無教養だな!!」と煽り出すのです。フランス人作曲家としてはこれ以上の屈辱はなかったでしょう。

これに対してRameauは「聴き手に対する情緒作用はメロディではなく和声 (コード)にある。これをしっかり作り込まないとメロディが多様性を失うのでは?」と反論します。またRameau支持派は「そもそもフランス語が音楽に向いてないという前提が間違っているのではないか?音楽を受け入れない言語などない。」と指摘。中には「ラモーならどんなに酷い歌詞さえも (それが例え新聞の記事であったとしても)素晴らしいメロディをつけるだろう。」と擁護する人もいたそうです。

Rousseauの激しい指摘が正しかったか正しくなかったかはさておいて、結果的にこの後のフランス音楽がちゃんと良い方に発展していったことが大事なのです。実際、当時の現役音楽家の中にも「フランス語ッてメロディ書きにくいよなぁ…。」と感じている人は少なくなかったので、みんながメロディについて考えるキッカケになりました。また様式にこだわった堅苦しい音楽よりもイタリアのオペラ・ブッファのようなコミカルなジャンルがあった方が良いということで、フランスでもオペラ・ブッファのようなスタイルが流行するようにもなりました。

Rousseauが荒い言葉で指摘したからこそみんなが音楽について真剣に考えたのだと僕は思います。そこはやっぱり論客としても優れていたRousseauの言い分が認められやすかった部分はあるでしょう。とは言え音楽史上Rameauの作風は現代でも高い評価を得ていますし、”言い争い”としてはRousseauに軍配が上がりましたが、決してフランスのグランド・オペラの敗北を意味するものではありません。その意味でこのブフォン論争はそれなりに有意義だったのではないかと。

で、有識者たちは結局何を言い争っていたのか?

長々と書きましたが、Rameau VS Rousseauの議論の本質は”技 VS心”、と言うことだと思います。国ごとの音楽の優劣を話し合っているようで、結局演奏のスタンス論だったんだなと僕は解釈しています。

みなさんはどう考えますか?音楽は技巧的な演奏にこだわるべきか、それとも多少クオリティは落ちても心意気で表現している方が良いのか。クリエイターとしては前者にこだわりたくなると思うんですけど、鑑賞者の目線になると後者かな〜と。演奏中楽しくなさそうな演者は観てる方も楽しくないのです。練習は確かに技術の向上のために行われますが、ステージに立った場合はやはり気持ちがこもってるかこもってないかで演奏の良さは変わるなぁと思います。僕も気をつけよう。

Rousseauは本来政治哲学者ですが、音楽家として『村の占い師』というオペラをヒットさせており、この曲は童謡『むすんでひらいて』の原曲であるとも言われています。

 

Midville’s
中村

音楽講師 / ビートメイカー

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