
夏だから怖い話
ギター講師の中村です。
夏なので怖い話。
心霊系はあまり書きたくないので、ヒトコワ系です。

大学生の時、空手道部の主将だった。当初はフルコンタクト空手道部に入部していて、先輩たちからはそこそこ可愛がってもらっていたし、フルコンタクトが嫌いというワケではなかったのだけど、競技の水がどうも合わず…その時の僕は慣れ親しんだ”伝統空手”をもう一度やりたかったので、辞めて新しく伝統流派の空手道部を立ち上げることにした。余談だが好きな選手はオリンピックにも出た男子組手の荒賀 龍太郎選手、女子組手の植草 歩選手。僕の形は下手くそだが、壮鎮 (そうちん)や岩鶴 (がんかく)、雲手 (うんす)などの演武や分解が大好きだ。
この部活設立ッていうのがなかなか大変だった。元々所属していたフルコンタクト空手部の人たちは新しい僕の挑戦を応援してくれたが、やっぱり気まずい部分も多少はあるし、何より大学に空手部が2つもあったら、古い方の顧問が何言うてくるか分からないので、元のフルコンタクト空手道部の顧問にも一応筋を通すためにわざわざ挨拶しに行った。そして我らが空手道部の顧問は”向こう”と同格のベテラン教授を擁立し、学内交渉や不要な口出しをされづらいようにした。そして親くらい年の離れたOB (今どっかで市議やってはる)から、別のOB (大学理事、怖い人)を紹介され、その人らにケツを持ってもらい、道場や空手関係者との繋がりを作らせてもらった。他の大学はどうか知らないが、ウチは創部のハードルが異様に高く、こうやって理事会がケツモチになってもゴリ押しでそう簡単にクラブを作ることはできなかった。何度も企画書や趣意書を書き直しさせられ、おおよそ半年ほどかけてようやく立ち上げた部は学校の規則上「准団体」という扱いで、どう頑張っても体育会に入る条件を満たすのは僕が卒業してからというものだった。

3回生の時、我が部はマネージャー含めて部員が10名くらいになった。僕が通っていた大学は運動部に所属する人が比較的少なく、個人競技の部員が10人集まっただけでも結構頑張った方だと思う。苦労して立ち上げた部だからすごく愛着があり、みんなで稽古ができるのが楽しかった。同じ練習場を使う合気道部や剣道部も歓迎してくれたし、7団体あった武道/格闘技系クラブをまとめる役員までさせてもらった。
ただ「准団体」には部室がないため、練習場で着替えるしかなかった。当初はプレイヤーは男ばっかりだったし誰もそんなこと気にしなかったが、後からMさんという、少し独特の雰囲気の女性選手が入部してきた時にはさすがに女の子をその辺で着替えさすワケにはいかないので、彼女だけ倉庫で着替えてもらうなどしていた。タイミングが悪ければ男子はパンイチ姿を彼女にみられることになるが、こればかりは部室がないから仕方がない。

彼女は少し変わっていて、時々変なメールを送ってくる。「休日は何をしているんですか?」などの質問攻めは当たり前で、時には「私の朝食見たいですか?」と、なんて返せばよいのか返信に困る内容も結構多かった。友人に相談しても「中村くんに気があるんちゃう?」とマトモにとりあってもらえなかったので、気にしないように心がけた。部活と直接関係のない内容は無視しよう…そんな”間合い”を保っていた。
伝統空手という競技は深入りせず中距離の間合いから相手の隙を伺うことが重要なのである。軽いフットワークで適切な距離までジリジリと詰めたら、ヒット&アウェー、…からの残心。これは僕の処世術にも強く影響している。

話を部活に戻そう。ある時、選手登録をするために新入部員の個人情報を知る必要があったので僕は1人1人電話して聞いてまわった。ただ、件のMさんだけは電話に出てくれず、仕方なく留守電に「選手登録の紙を出すので、学籍番号と住所書いて個人のメールに送っといてください〜。」と残した。普通なら組織人として業務連絡には応じるのが当たり前だが、それについての彼女からの連絡はなかった。ただし相変わらずよく分からないメールだけは届くのでしばらく無視していた。
次に部活で会った時に「この間電話した、学籍番号と住所、聞いてもいい?」ともう一度確認したが、彼女は「それならもうメールしました…。」と言う。いや、そんなものは届いてない。迷惑メールにも入ってない。「ごめん、届いてないから、もう1回送っておいてくれる?」というやりとりをした。
その日、稽古の休憩中にMさんは副主将のGくんと楽しくおしゃべりをしていた。Mさんは普段表情のない人だったので、あんな楽しそうに喋ることもあるんだ、と思って見ていたのだけど、2人の会話が明らかに食い違っていて変な空気になっている。待てよこのやりとりどこかで聞いた話だな、と思ったら、僕とMさんが交わしたメールの内容をGくんと話していることに気付いた…。たまらず割って入った。
「ごめん、Mさん、なんでGくんにその話するの?」
「……なんですか?」
「だって、その朝メシがどうとか、休みの日はギターのレッスンに行ってるとか、全部僕の話じゃない?」
「……え…?」
どうやら僕宛てに送っていたメールはGくんに送りたかった内容らしい。当時の学生の連絡手段はLINEよりメールが一般的で、メールリストでお互いが一斉送信できるような (LINEグループのメール版みたいな)座組みだった。ただ登録していないアドレスは名前が出ないので、後から入った彼女は名前を登録する時にミスって僕とGくんのメールアドレスだけをテレコにしてしまっていたらしい。

自分が会話していた相手が意中のGくんではなく、ランキング下位の僕であることに気付いた彼女は、顔を真っ赤にして発狂し、突然頭を壁に何度も叩きつけ始めた。部員が怖がりだしたので、とりあえず自主練をしておくように言い渡し、僕はMさんを宥めて隅で個別に会話をするように試みた。向かい合って正座をして、「今度から気をつけた方がいいよ。今回のことは忘れるから。」と注意をした。
ところで僕が作ったこの部活のルールとして「部内恋愛禁止」というのがあったのだけど、副主将GくんはマネージャーのAさんと恋人同士だった。この2人はカップルで入部してきたので、規則には抵触していないものとして不問としていた。そもそもこの「部内恋愛禁止」の法典自体に深い意味はないのだけど、”出会いを求めてるだけの人”を寄せ付けなくするには良い防虫剤になると考えた。同じ組織の中での痴話や特殊性癖、「アイツのナニがデカい」だの「床下手だ」だの、そんな話は聞きたくないし、別れた後に部活を辞められたらややこしい。この文化系の大学において体育会系の部員を1人増やすためにこっちがどれだけ苦労したか分かってるのかと。仮に恋愛じゃなかったとしても、田舎の大学は身近なところで”兄弟”になりやすく、ただでさえトラブルも多い。だから彼女にはGくんとAさんの関係も伝えた上で、「部内ではそーゆうアプローチをかけるのはやめてくれ」と、丁重に伝えた。
すると、正座して僕の話を聞いていた彼女は、そのまま土下座するように頭をまっすぐ下げて、床に何度も叩きつけ始めた。怖かった。ひとまず制止をして、その後どんな会話をしたかは覚えてないが、とりあえず、稽古を終えてMさんを帰らせた。その光景を見たのは僕だけだったので、あとで部員たちに状況を説明すると「やっぱりヤバい人だったんですね」というリアクションで。ただ、半分くらいの人間は、動揺しながらも心のどっかで楽しんでる風だった。
後日、友人と食堂に行くと、マネージャーAさんとバッタリ会った。彼女はやや興奮気味に携帯電話の画面を僕に向けてきた。「先輩!あの後Mさんからこんなメールが届いたんです…!!!」と言ってメッセージを見せてくれた。そこには「やっぱり私はGさんを諦められない。Aさんに愛の決闘を申し込みます。」といった内容が書かれてあった。
愛の決闘…??
どういうことか聞くと、Gくんの取り合いをしたいと。「…どうしたらいいですか…?」と言うので「入場料を取って、エキシビジョンマッチにしよう。」と言ったのだけど、「ふざけないでください」と当然却下された。さすがに困惑しているAさん。”愛の決闘”だなんてちょっと面白いがなんとか対処してやらなければいけない。仕方なく後日Mさんと会話することにした。
ちょうど部活の時間を利用して、僕からMさんにもう諦めなさいという趣旨で声をかけた。「決闘してMさんが勝ったとして、んなもんただのオ◯ニーやないか」と。彼女は思ってたよりも聞き分けがよく、「決闘はしません」ということで話がついた。しかしその日以来彼女は部活に来なくなってしまった。

ある日、学生課から呼び出しを食らった。学生課には武道 / 格闘技系部活のOB職員がいたため、当時はよくしてもらっていた。
「中村、お前、最近なんかやらかしてないか?」
「はい?なんでですか。」
「ストーカーとか、セクハラとか。」
「……は??いやいや、してませんよ。」
「俺もそんな奴とは思ってないねん。」
「でしょうね。」
「Mさんッて、知ってる?」
「はい、ウチの部員です。」
「その子が被害届出したらしいわ。なんか、お前、しつこく電話してたらしいな?」
「確かに電話は数回かけましたけど。選手登録の書類の件で留守電入れただけですよ。電話に出ないし、折り返しもないんすもん。」
「いや1回じゃなくて、個人情報書いたメールを返信した後もしつこく聞かれたって。」
「Mさんが僕とGのメールアドレスを間違えてたんですよ。僕宛てには届いてませんでしたから。」
「でもしつこく聞いたら、それはストーカーになるんと違う?」
「…そうなんですか。」
「あと、お前更衣室じゃないところで着替えとかしてない?誰も見てないからってあかんで。」
「准団体は部室がないから、部員はみんな稽古場で着替えをするんです。見せたくてやってるワケじゃないですよ。」
「だから、それが嫌やったんやろ。相手がセクハラッて思ったらセクハラになるから。」
「それは悪いことしましたね。部員全員に言っておきます。」
「いや、でも中村だけやねん。他の部員のことは何も言ってない。」
「ええええ……。」
「ほんで、部活中に”オ◯ニー”がどうちゃらこうちゃら言ったん。」
「いや、あの子がしてることがいかに自己満足かを比喩したんですよ!」
「お前な、これまでのやりとりで誤解されることくらい分かるやん。」
「押忍、すんません。」
「ま、とりあえず警察からそーゆうのの確認があったんや。また話しとくけど。中村にも電話かかってくるかもしれん。」
その日の話はそれで終わった (ホントはもっと長かった)。しかも”怖いOB (大学理事)”にも伝わっていたらしく、その帰り道にすぐ電話がかかってきた。
「お前ェ、コラァーー、そーゆう趣味あったんかァーー!!!」
「いや、違いますよ、濡れ衣です!」
「面倒起こすなッて、言ったやろがァーー。アホがァーー。」
「申し訳ありません。でもこれ完全に潔白ですから。」
肩を落とすとはまさにこのこと。受験失敗した奴くらい下向いて学内を歩いた。苦労して作った部活で警察沙汰のトラブルッて…もう天運悪すぎる。そこから数日経ち、部員たちにも「僕は今こんなことで困っている」と伝えたが、内容が内容だけにどうしても面白くなってしまい、全然真剣に聞いてもらえなかった。なんでこんなに不運なのかと、自分を呪った。どうやって身の潔白を示せば良いのか。

2週間ほど経っても、警察からの電話はなかった。だんだんいつもの日常に戻っていった。そんな事件のことが笑い話になるくらい忘れることができた頃 (元々笑われてたけど…)、別の用があってまた学生課に行った時、職員にMさんの件を聞いてみた。
「そういえばMさんの件ッて、あれから何かありましたか?こっちには警察から何も連絡がないですけど。」
「うん……まぁ、いや、それで良かったんちゃう。」
「なんか、釈然としませんけどね。…あの、Mさんッて学校来てます?僕らのせいで、辞めたとか、ないっすよね?」
「…それなんやけどなぁ、
…あの子、学生じゃなかった。」
「は?」
「おらんねん、そんな人。どの学科にも。だから学籍番号言わんかったやわ。」
「そうなんですか…。」
「うん、もう、これ以上掘り下げられんのよ。忘れて。」
いや誰が忘れんねん。
Midville’s
中村
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中村
音楽講師 / ビートメイカー