ギター講師の中村です。
今回はミスを恐れてはならない、という趣旨の記事です。
人前で演奏をし始めた方、「家ではちゃんと弾けるのに、ステージだと緊張して上手く演奏できない」と悩んだりしたことはありませんか?今回はそんな方たちが勇気づけられるような内容になればと思います。
目次
ギターの本番で大事なのは「間違えないこと」より「リカバリー」
ごく一部の天才を除き、本番ではミスはつきものです。例え練習では間違わなかったとしても、ステージには魔物がいて本来鳴らすべき音と違う音を弾いてしまう可能性はいつだって誰にだってあるのです。しかし大事なのは間違いをしないための対策ではありません。どうやってリカバリーをするかです。まぁ、それがコンテストなどの賞レースであれば話は別ですが、大小問わず普通のライブでは起きてしまったミスに対してどれほど早く、そしてどれほど自然に持ち直すかが重要です。
実はリカバリの方法はシンプルで、演奏 (ピッキングしている手)を止めないこと、これが鉄則です。はなりません。多くの方は、「やべ、間違えた!」と思うと、その場で演奏を止めてしまうか、弾き直してしまう傾向があります。これはミスをしたことよりも罪が重いです。
僕のレッスンでは「弾き直し禁止令」をたびたび発令しますが、このクセを抜くのはどうも難しいようです。
しかしステージの上で間違わずに弾ききることよりかはいくらか簡単なはず。やることは”弾く手 (一般的には右手)を止めない”、ただこれだけでいいのですが、それをするためにミスタッチが生じたその瞬間いかに冷静でいられるかだと思います。
ミスはつきもの!どう付き合っていくかが肝心
ミスをした場合でも、さも何も無かったことにしてシレッと弾き続けることもまた技術であります。でもその技術は口で言うほど簡単ではありません。ポイントは3点。
- 開き直るくらいの図々しさをもつ
- 集中力を途切れさせない
- 「もう1回やります!」とパフォーマンスに昇華する
そのミスが小さなものであればあるほど、気付いているのは自分だけです。起きてしまったことは仕方がないので「何か文句あるんですか?」ぐらい開き直っていいです。集中力が途切れて引きずってしまうよりも開き直ったり、なかったことにする方がまだマシです。
また曲の序盤でミスがあった場合は「間違えちゃった」とパフォーマンスに転じる人もいます。それもまぁ場が和んでいいかもしれません。ただ演奏前からガチガチに緊張していると、それは客席にも伝わってしまいますから、観ている側がそのジョークを受け止める余裕がない場合もありますので状況によりけりですが。
生演奏は技術的なゆらぎ、ブレがあるからワクワクするワケで、それもライブの醍醐味だと思えばいいですよ。ミスのない音楽が聴きたいならライブなんか来んなッて話なんでね。
なぜ「練習では弾けるのに本番で弾けない」が起きるのか?過信を捨てるメンタル術
間違えたことにいちいちくよくよする人間は、どこかで自分は「ちゃんとできる人」だと思っている傾向があると思っています。その自己イメージとのズレから自分を責めることでプラマイゼロに持っていこうとします。
これは当人が気付いていないレベルの深層心理で”過信”であり、ミスしたことそのものがしんどいのではなく、できなかった自分を受け入れられなくてしんどいのです。
ここで2つ大事な考え方をシェアします。
- 「練習だと完璧」なのは誰だってそう
- ミスがないからと言っていい演奏だとは限らない
人目がなくてリラックスしてる状態で演奏したら誰だっていい演奏できます。いかにステージ上で落ち着けるかが肝心なんです。それに、仮に間違わずに弾ききったとて、それがいいパフォーマンスだったかは別軸での評価になります。
ミスにこだわるのは単なる自己満足ですし、「私はミスをしたことがない」ッてのは大して偉くないです、実は。そーゆう人はむしろリカバリを追求してなさそうに見えるのであまり一緒に演奏したくないです。
勝敗は兵家の常!つまずきは挑戦の証!そう思って少しずつ強くなってください。
場数理論
やや極論ですが、ある格闘技の先生は「練習を重ねても練習が上手くなるのみであって、試合をしないと試合は上手くならない (でも練習をしないと試合はできない)」と言いました。これは音楽にも通じるものがあると思います。
なので、”練習としてのライブ “の回数を増やすのはとてもいいことです。僕は20代の頃に週に3-4日、なんばの高島屋前でバスキング (ストリート・ライブ)をしていました。実戦の経験を積むと演奏中の余裕がかな出てくるようになり、また改善点やアイデアが閃いたりします。どこかのライブバー、ライブカフェのオープンマイクイベントに顔を出したり、公園で練習したりもいいと思います。
生徒さんの中にはライブができる近所のお店をたくさん知っていて、そのコミュニティに飛び込んでたくさんライブを重ねて、仲間を作り、音楽を楽しんでいる方もいます。
目の前の人に矢印を向けて初めていい演奏になる!
音楽は俗に時間芸術とも呼ばれます。鑑賞者はその作品を鑑賞するのに時間的なコストを支払います。誰も先回りはできないし、ライブでは巻き戻しも不可能なのです。毎回同じように弾いていても、その場の空気感が違えばまた感動の種類も変わってくるのです。
間違いを極端に恐れる人の演奏は慎重で小ぢんまりとしています。なんか、引き込まれません。それは演者自身が矢印を自分に向けて、自分のためだけに演奏していることが観客にも伝わってしまっているからです。僕もある時、ほぼノーミスで演奏を終えたライブ後に、あるお客さんからこう言われたことがありました。
「今日の中村くんの演奏は、すごく自己満足的で良くなかった。選曲も、演奏姿勢も、MCも。」
初めは、なんやこいつ喧嘩か?と思ったのですが、僕がこれでピキッたのは完全に図星だったからです。そうか、お客さんには伝わってしまうんやなぁ、確かに目の前のお客さんを楽しませる心遣いがなかったなぁと反省しました。
むしろホスピタリテ精神に富んだ、自分ごとさらけ出す演奏の方がカッコいいのです。
間違えた人に対して「うわー」と冷めた目で見たり、あるいはそう見られたり、そーゆう経験を誰しもしたことがあると思います。それがイヤでみんなミスをしないことを目標にしがちなんですが、前述の通り“間違えないこと”は何も偉くないので、それよりもっと演奏を楽しんで、いい演奏をしてください。
間違えないと人は成長しないのです。No Pain, No Gain (痛みなくして成長なし)ッて言うでしょう。仕事でも勉強でもそうです。単なる「行動の失敗」を「自分という人間の欠陥」と同一視してはいけません。
ちょっと強い言い方をしますが「間違いは恥である」という思い込みは、明らかに間違っていますし、恥ずべき考え方です。捨てましょう。音楽やスポーツの世界では「ミスは改善点を知らせるサイン」で分析価値の非常に高い情報なのです。
音楽の場合、クオリティばかりを追求する前にステージでは存分に演奏を楽しむ気持ちも結構大事です。楽しそうじゃない演者なんか誰も見たくありません。その過程で起きてしまった些細なミスごときにあたふたするのは非常にもったいないです。
僕のレッスンでは流れを止めてしまう行為や弾き直しにはちょっとうるさいですが、基本的に小さなミスには寛容です。「完璧より進歩」僕が大事にしているモットーの1つです。Midville’sでは、演奏技術だけでなく、ステージでのメンタルやリカバリーのコツも一人ひとりに合わせてアドバイスしています。
Midville’s
中村
