
先生、これ…なんですか…?
講師の中村です。
世の中の変なギターをご紹介します。
楽器の世界は面白いことに、変であればあるほど”理にかなっている”ことが多く、また”理にかなっている”ものは量産ができません。量産ができないから数が少なく、数が少ないから変なモノに見えてしまう…という循環があります。一見するとイカれてますが、実はそれは未来のギターの姿であるかもしれません。
まずは軽いのから行きましょう。
ファン・フレットギター

このフレットが斜めに傾いているギターは、製作中のアクシデントによってなったものではありません。フレットだけでなくナットやブリッジも意図的に傾けて扇状に設計するのでファン・フレット (Fanned Fret)と呼ばれています。
ではなぜこんなことをするのか?ギターのような”フレット楽器 (ウクレレ、バンジョー、マンドリンなどもそうです)” は1フレットで半音ずつ上がっていく仕組みになっていますが、水平に打ち込まれた普通のギターにおいて、6本の太さの異なる弦が同じ間隔で正確に音程が上がっていくのは物理的に少し無理があるのです。そこそこ良いギターでも、チューナーを使って1フレットずつ音程を測ってみると、高音に上がるにつれて少しずつ (数セント単位で)ズレていくケースがみられます。カポタストを装着した時にチューニングが狂ったように聞こえるのもそれです。まぁただ、ほとんどの人はズレの少ないローポジションで演奏するためあまり気にならないワケです。
このことからギターは不完全な楽器と言われていて、現在もこれからも、製作家たちはギターの不完全な部分とどう向き合うかを考えています。結果として生まれたのがファン・フレットというフレッティング技術。ちょっと弾きづらそうですが、音程 (ピッチ)がより正確になるため、クセになってしまうプレイヤーも増えてきつつあります。(特にベーシストに多い気がします。)

またそのファン・フレット構造は、低音弦が長くなることで張力 (弦の張りの強さ)が増し、高音弦が短くなることで張力が弱まるので、弦の響き方も普通のギターとは異なり、よりバランスのいい音響特性を持ちます。
ファン・フレットのギターはあんまり触ったことがありませんが、個人的にハイポジションが弾きやすいなと思いました。手がスッと入っていくので。
ハープ・ギター
ハープ・ギターは平たくいうとハープ (竪琴)のような見た目でベースとギターが合体したアコースティック楽器のことです。本体ボディから突出した三日月型のボディを横切るように長くて太いサブ・ベース弦が数本装備してあります。流通は少なく、このタイプのハープ・ギターにお目にかかったことはまだありません。
このサブ・ベース弦は原則として1本につき1つの音しか鳴らせず、開放弦であるために音を途中で止めることが難しくなっています。その点がハープッぽいということなんでしょうか。

ハープ・ギターといえば、GibsonのStyle U (スタイル・ユー)も有名です。先ほどのと違って三日月型のサブ・ボディはなく1つの胴体に対してレギュラーの6弦とサブ・ベース弦の両方が装備されています。デザインもよくて渋いですが、最後に生産されたのは1940年頃の話だそうなので、状態の良いものに出会うことはなかなか難しいです。僕は2-3本くらいしか見たことありません。出会ったとてどう弾いていいのかも分かりませんが、歴史的には価値があるのだと思います多分…。
8弦ギター

このギター、弦が8本もあります (しかもファン・フレット!)。このうち3本はベース弦で、残りがギター弦。1本の竿に2つの楽器が同居している不思議な楽器です (ギターと呼ぶべきか、ベースと呼ぶべきか…)。このギターはアメリカ合衆国の工房Novax Guitars (ノヴァックス・ギターズ)で作られた、Charlie Hunter (チャーリー・ハンター)のシグネチャーモデルなんですが、こんなの一体どう弾きこなすのか?皆さんにも観ていただきたいです。
Charlie Hunterについてはまたいずれ深堀りするとして、…いやーすごい演奏。普通にしてたらこうはならない。マルチタスク、カッコイイ!しかもエフェクター使ってジャズ・オルガンみたいな音色出してるし。ちなみにこの8弦モデル、実は一般向けにも販売されています~て誰が買うねん。
実は、最初に紹介したファン・フレットというシステムは、このNovax GuitarsのRalph Novak (ラルフ・ノヴァック)によって考案されたものなんです。当時は「マルチスケール・ファン・フレット」という名前だったみたい。ただ特許の関係で世に広まらなかったというのもあって、特許が切れて他の工房でも作れるようになったのはこの10年くらいの話みたいです。
アジャスタブル・マイクロトーナル・ギター
トルコ人ギタリスト、Tolgahan Çoğulu (トーガン・チョール)によって考案された、ピッチのズレを自由に調整できるフレッティング・システムをご紹介。ここ最近見たギターの中で最も画期的なアジャスタブル・マイクロトーナル・ギター!

チューナーでちゃんと音を合わせたからと言って、全てのフレットで正しく音が出るとは限りません。先ほども触れたように、「水平に打ち込まれた普通のギターにおいて、6本の太さの異なる弦が同じ間隔で正確に音程が上がっていくのは物理的に少し無理がある」ワケで、異弦同音 (例えば1弦開放弦と2弦5フレットなど)を鳴らした際に音がズレているということがギターではよくあります。このズレは指板が”バー”で仕切られている以上、解消することは難しいのですが、Tolgahan Çoğuluが開発したこのアジャスタブル・マイクロトーナル・ギターは、各弦ごとにフレットの位置を調節できる仕組みになっているため、微分音 (半音より狭い音=マイクロ・トーナル)レベルでピッチの調整が可能になるというものです。
僕が彼を知ったのは、彼が自分の子供のために、フレットを自由に変えられるレゴギターを演奏させていたInstagramの動画でした。
問題はこのシステムを使うと指板が穴だらけになってしまうこと。集合体恐怖症 (トライポフォビア)が見たらちょっとキレそうなぐらい気持ち悪い見た目ですよね。やっぱり指板はキレイな黒檀の木であってほしいという保守的な考え方が邪魔をしてしまいます。
これが一般化されるには課題がまだ多そうですが、そうなる日がちょっと楽しみです。
ピカソ・ギター
最後はブッ飛んだギターをご紹介。

キャリア40年以上を誇るカナダのベテラン製作家、Linda Manzer (リンダ・マンザー)によって2本のみ作られた代表作ピカソ・ギター。普段は普通のギターを作っているんですが、ジャズギタリストPat Metheny (パット・メセニー)から「1つのギターに最大で何本の弦を張れるんだろう?」と素朴な疑問をぶつけられたことがキッカケでピカソギターが生まれました。結局、このギター (?)には合計42本の弦が張られていて、ちゃんと演奏もできます。2本あるうち1本はPat Methenyが所有していて、もう1本はアメリカにいるギターコレクターの手に渡ったのだそう。

ピカソギターを作った時Linda Manzerはまだ独立して間もない若手製作家でしたが、Pat Methenyとの交流もあって一気に名前が広がっていきます。しばらして、ある日デンマークのギタリストHenrik Andersen (ヘンリック・アンダーセン)という人物が描いた1枚のイラスト (↑の写真)を受け取ります。そこにはピカソ・ギターの42本を超える本数の弦が装備されたギターが描かれていました。それを見たLinda Manzerは「本気なら私作りまっせ」と言って、実際に完成させたのが次の動画のギター。
このギターは”ザ・メデューサ”と呼ばれています。
Linda Manzerは若い頃からJean Larrivee (ジャン・ラリビー)やJimmy D’aquisto (ジミー・ダキスト)など由緒正しい製作家の元で修行したり、デザイン学校に通っていた経歴もあるので、演奏性を高めるために型を崩せるところはやっぱり技術が高いと思いますね。僕は彼女の作ったギターを2本くらいしか弾いたことありませんが、どちらも弾きやすくて音色もキレイでした。今も年間10本くらいのペースでギターを作っているみたいです。
さて、僕らが弾いてるギターがいかに普通であるかがわかりましたよね。世界は広いです。でも彼らのような変態たちのおかげで、僕たちは普通でいられるのです。謙虚に感謝して、今日も1日頑張ることにします。
Midville’s
中村
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中村
音楽講師 / ビートメイカー
“Finger Pickers Took Over The World” (Chet Atkins with Tommy Emmanuel)
ある師弟ギタリストのコラボ作品
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