Daily27回忌の話

Blog

27回忌の話

講師の中村です。
27回忌の話。

 

先日、落語家の六代目三遊亭円楽さんが亡くなられたとニュースに流れた。僕は落語には明るくないが、円楽さんは好きなラジオパーソナリティ (かれこれ20年近く聴いてる)の師匠にあたる人物なので、昔から一方的に親近感を持っており、たまに落語を鑑賞したいと思ったときに聴くのは円楽さんのだった。僕は『浜野矩随 (はまののりゆき)』が好きで、この演目はちょうど先代 (五代目)の圓楽さんが亡くなられた後の寄席で、枕で先代の逝去について少し触れている。「77は早かったですなぁ…。」と。その後続けて「一昨年は談志師匠でした。数えで77ですか。今歌丸師匠が77ですか…?」と不謹慎な (円楽さんらしい)笑いをとってましたけどもね。桂 歌丸さんは円楽さんのことが大好きだったようで、お互いリスペクトがあるからこそのイジり合いだと思います。ちなみに今の大喜利メンバー林家たい平さんのお師匠さんにあたる林家こん平さんも、77歳で亡くなられている。ミュージシャンが27歳で早逝するジンクスみたいに、落語家は77なんだろうか。いやでも、六代目は人のこと言えないのだ。72歳だったんだから。

72歳と言えば、もっと早くに他界した僕の父は生きていれば多分それくらいの年齢だったと思う。父は僕が小2の時に他界した。腰痛か何かで病院に行ったのが発端で、胃癌が見つかった。あまり細かいことは覚えてないが、ある日母が泣きながら帰ってきて「もう長くない」と3兄弟に伝えた日はよく覚えてる。その後父は入院、母はそれに付き添って病院に寝泊まりして、祖母が網走から僕たちの面倒を見に長期で来てくれた。あの時、祖母のマイペースさに腹が立ちかなりひどいことを言ってしまったことがある。当時の僕が感じていた”親じゃない奴”のストレスをどうすることもできなかった。このことを僕はずっと謝りたかったが、その話をすることもなく祖母は数年前に逝ってしまった。思い出すと少し悲しい。

小2の12月のある日、確か日曜日に、父の病室に遊びに行った。家ではアニメ禁止という家庭だったのに、病室のテレビではアニメを観せてくれた (が、普段から観てないので内容などさっぱり分からず)。そして子供たちはクリスマス・プレゼントをもらった。これが最後のプレゼントだった。

数日後の12月28日の夜、病院から電話がかかってきた。すぐに車で病院に向かうと薄目を開けたまま意識を失っている父がベッドで寝ていた。その横に心音を聞いている色白の医者 (?)がいて、母も上2人も号泣していた。なんだかよく分からないまま、何度も父を呼びかけたが応答せず生気などなく、横にいた色白が「たった今、亡くなりました。」と言って僕たちの目の前で父は逝った。それからの記憶は全然なく、次に覚えているのは葬式。と言っても、参列してくれた担任の先生とのやりとりしか記憶にない。当時の担任は、礼儀やマナー、言葉遣いに厳しく、滅多に笑わなかった。「私が教室に入ってきたら、何をしていても全員立ち上がること。そして黙って礼をしなさい。室内での帽子着用は許可しない。男女問わず私の前では友達を”さん付け”しなさい。喧嘩は両成敗。”です”や”ます”を強調してはいけない。」小2に軍隊のような教えをしたおかげでウチのクラスは異様に子供らしくない集団になった (これってどこの学校でもそうだろうか?)。葬式で相当へこんでいた僕に担任の先生は満面の笑みをしながら、僕の両頬を触って「久しぶりだな!元気か!」と明るくあいさつしてくれた。元気なワケがないのだが、滅多に笑わない先生のこの気遣い、この笑顔はギャップもあってか心から嬉しかった。僕はこのやりとりを一生忘れないと思う。先生は転勤後も小学校のそばに住んでいたらしく、高校生の時に駅のホームでお見かけしたことがある。先生はこんなに小柄だったんだ。怖かったけど、良い先生だった。石川先生、あの時声はかけられなくてごめんなさい。先生のことよく覚えていて、今も感謝しています。

とまぁ、晩年の父の記憶を掘り起こすとその周りの人も一緒に思い出される。いつ見ても下手くそな笑顔で年を取らない父の遺影を、数年拝んでいない。社会人になると(特にここ数年)、実家には滅多に帰れないワケで。命日が年末にもかかわらず、実家でゆっくり過ごす、なんてこともほとんどなくなった。父を未だに偲んでいる生前の友人や部下が年末になると線香を立てにやってくる。老いた母1人では忙しいだろうと思いなにか手伝ってやりたいがなかなか難しい。今年は27回忌だそうなので、それに託けて2-3日くらい実家に帰りたい。年末は雪がドカッと積もるので他の先祖にも墓参りができるうちがいい。12月の頭にまとまったお休みを作ることにするかな。

25回忌の時は、流行病の真っ只中で大阪在住の僕は参加ができなかったがちょうど”リモート”という言葉が流通し始めた頃でもあり、母から「法要はライブ配信でもできるらしいよ。」と言われた時はさすがに笑った。「なんだよ、ライブ配信ッて。」「お寺さんがそう言うんだもの…。」「照明か何かチカチカしてんのか。坊主の頭照らして。」「そんなワケないでしょ。」法事はリモートでもできるらしい。

信心深いつもりはないが、法事はきちんと参加したいタイプなので27回忌は是非ライブで参加したい。

 

今日はそんな亡き父の、70何回目かの誕生日である。

 

 

Midville’s
中村

音楽講師 / ビートメイカー

Up
H E L L O T H E R E
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。